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act.6影踏スクランブル<39>
“無理はしないで”、葵が残した言葉がふと蘇るけれど、これは決して無理ではない。”葵ちゃんが喜ぶと思う?”、そんな七瀬の忠告ももう都古を繋ぐリードにはなってくれない。
そこからの記憶は断片的だ。気が付いた時には都古はただ執拗に無抵抗で転がる生徒達を蹴り続けていた。いつピアスの生徒の仲間が戻ってきたのかすら、都古にはよく分からない。そもそも転がる彼等の内、誰が当初の狙いであったかすら不明である。唯一目印にしていたピアスが見当たらないのだ。
一際口元が異様に赤い生徒が居ることに気付いて屈んでみると、唇がざっくりと切れてそこから血が溢れ出ているようだった。
「……あぁ、これか」
何故か手の中に収まっていたシルバーのリング。都古自身の手で引きちぎったのだろうが、その記憶もさっぱりない。汚いものを触ってしまった苛立ちで思い切り床に投げ捨てれば、コツンと小気味良い音が響く。
「烏山、もうやめろ」
「都古くん、ストップ」
もう一度踏みつけてやろうと構えれば、不意にサイズが随分と異なる二人に両側から抱きしめられた。少し青ざめた様子の綾瀬と、涙目の七瀬。見知った顔にぼやけた都古の頭が少しだけクリアになる。
「触んな」
両腕をしっかりと掴んでくる彼等の手を振り払おうとして、自分の腕に全く力が入らないことに愕然とする。
「あれ、なんか……」
眠い、そう続けたかったはずが口も回らない。
昨夜葵が居なくて寝付けなかったから眠いんだ。この異常なだるさにそんな風に無理やり理由を付けてみるが、どうにも様子がおかしい。足も急速に痛みだして立っているのも辛くなってくるのだ。眠いだけではない。
「アオ、アオは?」
「今の都古くん見たら葵ちゃんまでパニックになるよ。拭いてあげるから待ってて」
しゃがみこんだ都古と共に七瀬も屈んで視線を合わせてくる。そしてお気に入りだと葵に自慢していた白いカーディガンの袖を都古の頬や手にゴシゴシと力まかせに擦り付けてきた。
「汚い」
カーディガンの生地が赤黒く染まっていくのを見ながら、都古はただそう漏らして訪れた眠気に抗うこと無く目を瞑った。
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