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act.6影踏スクランブル<42>
「……うん。そう……わかった、それで?」
相槌を打つだけの奈央の声からは一体どんな問題が巻き起こっているかなど予想がつけられない。唇を噛んで不安を堪えている葵に爽がしてやれることといえば、一回り以上小さな手を握ってやることぐらい。反対の手も聖がしっかり指を絡ませている。
「絹川くんごめん、二人はここで……」
ようやく電話を終えた奈央は葵と手を繋いでいる爽たちを見て心底申し訳なさそうに別れを促してきた。
奈央が意地悪で二人を排除しようとしているわけではないことは短い付き合いの中でも確信できる。正式な役員ではない双子を巻き起こった問題に立ち会わせることが出来ないだけなのだろう。頭では分かっていても、仲間に入れた気がしていた爽にとっては残酷な線引きである。
「葵くん、あとでちゃんと説明するから、とにかく一緒に行こう」
「……ごめんね、また明日」
奈央からの呼びかけで葵も静かに二人の手をすり抜けて行った。葵自身、何が起こったか分からぬままで戸惑っている様子なのだから、爽から掛ける言葉など見当たらない。
「次の選挙まで待てないんだけど」
静かになった生徒会室で、不貞腐れた聖の言葉がよく響く。次年度の生徒会役員を決める選挙は冬。それまで補佐としての中途半端な立ち位置に甘んじていたくない聖の気持ちはよく分かる。
「……爽は?どうすんの?」
「どうするって何が?」
「両立させんの?」
何と、とははっきり言わないが、爽が没頭しているギターのことを指していることは分かる。
「聖こそ、仕事と両立出来んの?なんか勝手に一人で仕事入れてるみたいだけど」
生徒会に入りたいと言う割に、何故か聖は急に一人仕事のオファーを受け始めている。爽に何の断りもなく、だ。趣味を見つけた爽への当てつけとしか思えない。見て見ぬふりをしてきたが、爽にとって面白くはない。
「仕事はあくまで合間にやるつもり。生徒会を優先させるよ?あの人を来年この部屋に一人ぼっちにさせたくないから」
そう言って聖はぐるりと室内を見渡した。全員が揃えば手狭に感じる空間も、来年役員として内定している生徒は葵ただ一人。
「そんな想像をさせたくもないし、絶対一緒に居るって今から約束してあげたい」
ただ葵と居る時間を増やしたいがための我儘だと思っていたのに、兄はいつのまにか強い意志を持って臨んでいるらしい。自分のほうが先に進んでいたと思っていた爽にとっては、出し抜かれてしまったようで悔しい気持ちは否めない。
だが、爽の気持ちを緩和させたのは聖がそっぽを向きながら口に出した言葉。
「多分、葵先輩は爽が居たほうが喜ぶと思うけど」
顔だけじゃなく、素直になりきれない性格まで似ている。
歴代の役員達の名残が残るこの生徒会室で、次年度、葵を傍で支える存在になる。いや、そんな悠長なことは言わず、今直ぐにでもそうありたい。
こんな風に置いてけぼりを食らうのは御免だ。爽も聖と同じように、決して楽ではない選択肢に手を伸ばす覚悟を決め始めた。
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