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act.6影踏スクランブル<45>
「んじゃ、後の処理はよろしくな」
「西名さん……あの、今回の件煽ったのは僕かもしれません」
「つっきーが?なんで?」
都古を連れて立ち去ろうとする冬耶を引き止めたのは櫻だった。彼はこうした揉め事に立ち会うのも煩わしがる。この場に留まっていることが不思議だったが、どうやら思うことがあったから、らしい。
「知る限り今日以外で二度、彼等に絡まれています。その内の一つに立ち会っていました」
「そうなの?」
「勝ったから良いだろうと安易に考えていました。大きな問題に発展する可能性を考えずに」
いつもは嫌がるふざけたあだ名を訂正もせず、櫻は自分なりに反省の言葉を述べてくる。強気な彼にしては珍しい。
だが、彼がテリトリーに入れた人間に対しては随分と態度が軟化することは知っている。本人は認めないかもしれないが、櫻にとって都古もまたテリトリー内の人間になっていたのだろう。
「今日で少なくとも三度目ってことね。みや君、なんで相談しないの?」
「別に」
積もり積もったストレスが爆発したと考えたら都古の暴れっぷりも多少は理解出来る。
「その子達はみや君の何が気に入らなくて絡んでくるの?」
「さぁ?ヤリたい、から?」
「……あぁもう、ホントに」
まるで他人事のように言ってのける都古の態度に、さすがの冬耶も頭を押さえたくなる。
そうした対象として見られること自体が都古のトラウマを深く抉って取り乱させるのだろうが、肝心の本人に自覚がない。何で自分が傷つき、何が理性を失わせるほど怒り狂わせたのか。まずそれに向き合わせなければ、何度でも同じことが起きるような気がした。
「あいつら、アオにも触った」
「だから、そういうのも言いなさいって」
都古が葵を守ろうと躍起になっている理由も分かる。一方的に欲望をぶつけられる行為がどれほど苦しく痛みを伴うものか、心も体も壊されてしまうのかを嫌という程経験しているからだろう。
京介から最近都古の眠りが浅いことは聞いていた。歓迎会で葵が引き起こした出来事が原因で精神のバランスを崩しているのだと思っていたが、そんな単純な話でもないようだ。
「みや君、ちゃんと眠れてる?ご飯は?」
色白な上に細身の都古の体調を見た目だけで判断するのは難しい。問い掛けてもはぐらかすように視線を逸らすのだから本人から答えを聞き出すのも困難。
「アオ、会いたい」
「……わかった、おいで」
飼い主を恋しがる都古をこれ以上我慢させるのは酷だろう。怪我の手当もしてやらないといけない。言いたいことは山程あったが、冬耶は一旦ここで折れてやることを選んだ。
「北条、あとで向こうの病院と連絡先教えて」
「本当に西名さんが保護者として……?」
「その辺は上手くやっておくから心配しなくていい」
賢い忍には冬耶が都古の保護者として立ち振る舞える理屈に納得がいかないらしい。だが都古本人の前で打ち明けられる話ではない。冬耶が有無を言わさない視線を送れば、やはり賢い彼は黙って頷いてみせた。
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