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act.6影踏スクランブル<46>

* * * * * * 葵が奈央に連れられてやってきたのは校舎内にある保健室。すっかり日が沈んだ窓の外を見ながら、葵は落ち着かない気持ちを押さえようと深呼吸を繰り返していた。 奈央からは都古が四人の生徒と喧嘩をしてしまったこと、それを教師に見咎められ今は生徒指導室に居ることは聞いていた。本当ならその場へすぐにでも駆けつけたかったが、忍と櫻が仲介役として向かってくれているのだと諭されれば葵に待つ以外の選択肢はない。 「……あの、こういう時ってお家に連絡行くんですよね?」 都古自身が負っている怪我の具合も気になるけれど、葵は都古の実家のことも気がかりだった。京介が問題を起こした時には当たり前のように陽平や紗耶香が迎えに来ていたのだから、きっと保護者が呼ばれる流れになるのだと思う。 「多分ね。あぁでも烏山くんの場合はどうなんだろう。誰か迎えに来てくれる人、いるのかな」 奈央に問い返されて、葵は答えに詰まってしまった。 都古が高等部にやって来た頃は寮に入らず自宅から通って来ていた。芸能の家だから日常的に稽古があるという理由で特別に免除されていたらしい。 当時の都古は口下手ではあったけれど、この学園の卒業生だという二人の兄の話も、華道家の母の話もたまに聞かせてくれていた。優しく口元を緩めて話していたのだから、きっと不仲ではなかったはずだ。 それがいつのまにか都古は寮で暮らすようになり、頑なに実家を避けるようになってしまった。いつか都古が打ち明けてくれるはず。そう期待して様子を見守っていたものの、一向に葵には何も教えてくれない。 「……僕はみゃーちゃんのこと、本当は何も知らないのかもしれないです」 自ら口にした言葉で胸がチクリと痛んだ。都古の好きなものなら沢山知っている。嫌いなもの、苦手なものも同様に。けれど深い部分で都古を理解してやれているのか時折不安になる。 「やっぱりみゃーちゃんの所、行きます」 「ダメだよ、葵くん!」 今都古がどんな顔をしているのかも分からないが、きっと心細いに違いない。ただ大人しく待っているのは耐え難くて葵が思わず扉へと駆け出せば慌てた奈央の声が追いかけてくる。 だが葵を止めたのは奈央ではなく、扉を開けた瞬間に居た存在だった。 「みゃーちゃん!」 今まさに求めていた都古が目の前に現れれば無性に恋しくなって飛びついてしまう。別れた時には無かった沢山の傷をつけて、制服もぐしゃぐしゃに乱れたまま。どうしてこんなことになったのか聞きたくてたまらないが、それよりもまず都古を抱き締めてやりたかった。 「今泣かせてるの、俺?」 「そうだよ、みゃーちゃんのバカ」 都古に問われて初めて自分が泣いていることに気が付いた。葵を抱きとめながら器用に頬を伝う涙に口付けてくる都古の目も心なしか潤んでいるように見える。 「ごめん。また、間違えた」 暴走しがちな都古を本当なら叱らなければならないのだと思う。それが葵の役目だとも周りから期待されている。けれど切ないほど真っ直ぐで不器用な彼を責めることなんて葵には出来そうもない。 めいっぱい腕を伸ばして黒髪を撫でてやると、都古の後ろから呆れ混じりの声が聞こえてきた。

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