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act.6影踏スクランブル<57>

葵を連れて寮内の食堂に向かえば、やはり忍が危惧した通りの騒がしさがそこにあった。普段あまりこの場に現れない忍が葵に付き添っているとあって余計に好奇の視線が集まるが、その中にはこちらに敵意を向ける集団が目についた。乱れた身なりをしている彼等は、昨日都古が怪我を負わせた生徒たちの連れのようだ。 忍が牽制するように見つめ返せば彼等は慌てて目を逸らしたものの、逆恨みに近い感情を抱いているのは明らかだ。葵自身も彼等の姿に覚えがあるのか、怯えた顔つきになるのが気に掛かる。 「……あいつらは知り合いか?」 人数分のモーニングセットを注文しに行った京介の背を見送りながら忍が問い掛けると、葵は困った顔で首を横に振った。 「このあいだ少しお話したことがあるだけ、です」 そう言いながら葵の手が庇うように自分の胸元を押さえた。その仕草で忍は奈央を通じて聖と爽から聞いた話を思い出した。連休中葵に乱暴をしかけた生徒達がいたそうだが、恐らくそれが彼等なのだろう。 宥めるように葵の頬を撫でてやると少しだけ表情が和らぐけれど、不安げな様子は拭えない。 京介が運んできた葵用のトレイには、忍や京介のものとは違い、小ぶりなパンケーキとヨーグルトのみが乗っている。育ち盛りの高校生にしては随分と少食。でもそれを口に運ぶ動作すら重たく見える。 「具合でも悪いのか?」 「いえ……朝はあんまり食べられないんです」 いつもと変わらない、そう主張するくせに葵の表情は浮かない。それに皿に乗ったパンケーキが半分ほど無くなったところでフォークを操る葵の手のスピードは完全に落ちてしまった。 見かねた忍が手を差し伸べてやるよりも先に葵の隣に座る京介が呆れたような声を出した。 「いつもお前が残した分食ってるの都古だもんな」 「そんな言い方……」 意地の悪い表現だが、葵が食べきれない時に都古に助けてもらっているのは事実なのだろう。反論しかけた葵はただ唇を噛んで俯いてしまった。 「……みゃーちゃんに会いたい」 都古が居ない寂しさが蘇ってきたのか、葵からはそんな本音がぽつりと漏らされた。忍は葵が都古を恋しがること自体を妬くほど子供ではないが、京介は違うらしい。 「俺が食うから。それでいいだろ?」 ここには存在しない都古と張り合うような言い草で、京介は葵のフォークを奪うと蜂蜜の掛かったホットケーキの残りを口に放り込んだ。それで葵の寂しさが紛れるわけがない。乱暴な振る舞いを咎めるように忍が京介に視線を向ければ、本人も自覚があるのか気まずそうに目を逸らせてしまった。

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