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act.6影踏スクランブル<58>

食事を終えると今度は葵が忍や京介の分まで空いたトレイを回収し片付けに向かってくれる。返却口に群がる生徒が葵の姿を見つけると一斉に場所を開けるのが面白い。 役員としてそうして特別な扱いを受けるのは当然だと忍は思うのだが、葵にとっては優先されるのが気まずいらしい。律儀に最後尾に並ぼうとすることで余計に場が混乱する様子が見てとれた。 「随分と余裕がなさそうだな」 葵の姿を視界に入れながら、忍はつまらなそうな顔を続ける京介に話し掛けた。 「葵がカラスを恋しがるのは自然なことだろう。そんなにカラスが邪魔か?」 都古が居ない間、葵には自分だけを見させておきたい。そんな願望が京介から感じられて、忍はそうしてストレートに表現してみせた。 「別に。あいつ居ないと葵がぐずってめんどくせぇし」 京介は口では都古が居たほうがいいような言い回しをするが、本心は別なのだろう。 荒っぽい言動とは裏腹に京介は兄に似て、いわゆるお人好しの部類に入る性格をしている。だからこそ一番チャンスがあったにも関わらず未だに葵を手に入れられてはいないし、ライバルを排除することも出来ていない。不可抗力で都古が離脱した今、葵との距離を縮めたいと彼が考えるのは自然なのかもしれない。 だがまるで京介が相手にしているのは都古だけかのような態度が癪である。都古が一人居なくなったところで、忍を始めとするライバルはまだ居るはずなのだ。 「そういえば一昨日は奈央の部屋に泊まったんだったな。今夜は俺が誘っても?」 葵に視線を向けながらそう戯れの言葉を紡げば、京介は遠慮なく忍を睨んでくる。だが反論はしてこない。忍の誘いを妨げる正当な理由が見当たらないのだろう。 「なんのお話ですか?」 戻ってきた葵は険しい視線をぶつけ合う忍達を見て会話の途中であることには気が付くが、自分を巡っての張り合いだとはちっとも察していないようだ。だが葵がごく自然に寄り添うのは京介で、忍もさすがに妬かずにはいられなくなる。 「今夜勉強を見てやろうかと話してたんだ。分からない問題があると言ってただろう?」 「……そうだ、昨日結局聞けなかったんでした」 生徒会が始まる前に葵から英語を教えて欲しいと頼まれていたのだが、都古の一件で有耶無耶になってしまっていた。それを良い口実にすれば葵は疑いもせずに乗ってきてくれる。 生徒会で共に過ごす時間は多いものの、正直なところ葵と共通の話題があるかというと忍には思い当たらないし、接点を持つのにも苦労する。だが唯一勉強だけは葵から忍を頼って歩み寄ってきてくれるのだ。京介にだけ美味しい思いをさせるほど能天気ではない。

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