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act.6影踏スクランブル<60>
* * * * * *
普段無口な都古が一人欠けたところで学園の騒がしさには変化がない。都古が起こしたことへの噂は皆口にするようだけれど、誰一人都古自身の体の具合を心配する様子はない。それが葵には寂しくてたまらなかった。
「葵ちゃん顔色悪いよ?体育休んで保健室行っちゃえばいいのに」
少し前を歩く七瀬が不意に振り返ってそう声を掛けてきた。
元気がない自覚はあった。食欲も湧かないし、頭もぼんやりとモヤが掛かったような感覚が続いている。連休最終日に引いた風邪がぶり返しただけかもしれないが、恐らく精神的な要素が大きいと葵は思う。
常に傍に寄り添う都古が居ないだけで落ち着かない気持ちになってしまうし、何より葵がそうして都古を恋しがる素振りを見せただけで京介に怒られるのも葵にとっては辛かった。
「もし倒れちゃっても、七は都古くんみたいに抱っこできないよ?」
体育の授業は自分に出来る範囲のことを頑張るようにはしていたが、七瀬の言う通り無茶をして周りに迷惑を掛けることが度々起こるのも事実。とはいえ、何もせずにただ見学というのも気は進まない。葵は気遣うような七瀬の視線に対し、曖昧に頷くことしか出来なかった。
今学期はずっとサッカーの授業が続いている。準備運動は皆の列に並んで共に行うけれど、二人一組での練習に入ればすぐに葵の居場所は無くなってしまう。決して周囲が葵を仲間外れにしているわけではない。むしろ、見学を繰り返す葵を気遣ってくれているのは理解している。
「フジ、俺と組むか?」
ボールを手にしたまま固まる葵に気が付いた教師の熊谷が声を掛けてくれるが、葵は首を横に振った。
「パス練習ぐらいなら参加出来るだろ?あぁでも顔青いな。ちゃんと飯食ったか?」
「そんなに青いですか?」
七瀬だけでなく熊谷からも指摘されればさすがにそれほどひどい見た目をしているのかと不安になってくる。葵が確かめるように自分の頬に触れてみれば、熊谷は苦笑いを浮かべた。
「無理しないで座っとけ」
そう言い残して熊谷は授業の指揮を取るためにグラウンドの中央に向かってしまう。
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