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act.6影踏スクランブル<69>*

「ちょっとゴロンしような」 「あの……」 固いベンチに葵が脱いだジャージの上着を敷きその上に葵の体を転がすと、不安そうな目を向けてくる。 「よくこれで清いまんまやな」 幸樹自身も葵の体に覆いかぶさる体勢をとれば、遠慮がちに腕が回ってきた。受け入れるような仕草は煽るだけだということをちっとも理解していないらしい。手を出そうとしていながら、危機感の無さに呆れてもしまう。あとで保護者である京介に注意しておこう、そんなことを考えたくもなる。 「藤沢ちゃん、大丈夫。初めてはちゃんと綺麗なベッドでしような。今日はちょっと予習するだけ、な?」 こんな場所で抱くつもりはないし、何よりこの温室に現れたばかりの葵が何かに怯えるように青ざめている姿を見ている。体に負担を掛けるつもりは毛頭ない。そう宣言した幸樹に葵はただ曖昧に頷いてきた。 今度のキスはもう少し深いもの。互いの体温がすっかり馴染んだのを見計らってゆっくりと舌を侵入させれば、葵の小さな舌が逃げるのが分かる。 「あーんしてべろ出してみ。吸ったるから」 怖がらせないためには、何をしたいか口にしてあげよう。そんな幸樹の気遣いは葵をますます恥ずかしがらせるだけらしい。でも生憎魔法の言葉になりそうなことを知ってしまった。 「仲良くしよ、藤沢ちゃん。嫌なん?」 卑怯かもしれない。だが、真っ赤な顔でもじもじと口を開く様は、下腹部を直球で燃え上がらせる。誘われるままに小さな舌を吸ってやると、クンと葵の喉が鳴った。 しっとりと濡れて火照る舌は何度吸っても飽きない。幸樹にとってキスは、ただ単に気分を盛り上げるためだけの前戯に過ぎなかった。だが葵相手にはきっと、体を繋げても尚キスし続けたいと思うだろう。 「藤沢ちゃん、俺のもチューして」 「せんぱい、の?」 「そ。それでおあいこ。仲良しやんな」 めいっぱい吸われた舌が痺れるのか、呂律の回らない葵に今度は自分の舌を差し出してみる。葵はさっきまで自分を苛めていた幸樹の舌を直視出来ないのか、しばらく視線を彷徨わせていたものの、もう一度”お願い”をすれば濡れそぼった唇で柔く挟んでくれた。 「……こう、ですか?」 「ん、ええ子。もっと吸って」 褒めるように頭を撫でると一段と葵の瞳が蕩けたような気がした。褒められるのにも弱いらしい。もっと甘やかしてあげたい。そんな感情は初めてだった。 遠くで終業を告げるチャイムの音が聞こえるが、幸樹はまだこの時間を終わらせる気にはならなかった。

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