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act.6影踏スクランブル<77>

* * * * * * 睨み続けるだけでは何も解決しない。分かっているのに、都古は手にした原稿用紙を前に他に為す術がなかった。反省文を書けと言われたものの、そもそも何を反省したら良いのかすら見当がつかないのだ。 「都古、早く終わらせちゃいな」 窓辺にしゃがみこんだままペンを動かす気配のない都古に声を掛けてきたのは陽平だった。大学に行くという冬耶が都古の見張りを父に頼んだのだ。 建築士という職業が具体的にどんなことをするのか都古には分からないが、彼曰く、事務所に出勤せずとも今日は自宅で十分作業が出来るらしい。時折部下らしき人間に電話を掛けている様子は伺えるが、基本的には書斎のデスクトップパソコンに向かっている。 「書くこと、ない」 「それは反省することがないっていうことだな?」 とうとう原稿用紙を枕に寝転がった都古に対し、陽平は怒ることはせず呆れたような苦笑いを向けてきた。京介や冬耶は兄弟でありながら身に纏う雰囲気が違うせいで似ていないように思えるが、不思議と笑った顔はどちらも陽平によく似ている気がする。 「別に教師相手に謝らなくてもいいさ。都古が素直に思ったことを書けばいい。葵や冬耶に心配掛けたことは?全く反省してない?」 「……してる」 「ならそれを書きなさい。ルールなんてないんだから」 陽平はそう言ってまたデスクに向き直った。本当にそれで良いのかと不安になるアドバイスだが、確かにそれなら筆が進みそうだ。いたって適当な口調だが、恐らく彼のこういうところが兄弟にしっかり受け継がれているのだろう。 自分の父親とは大違いだ。都古は目が合うとおどけた表情をして笑わせようとしてくる陽平を見てそんなことを考え、浮かんでくる苦い気持ちを噛み殺した。 「書けた」 早く葵に会いたい。その気になれば案外自分にも出来るらしい。陽平に言われた通り素直な葵への気持ちを綴ればさっきまでとは違い、原稿用紙は簡単に埋まってくれた。 「んーなんかこれ反省文じゃなくて……ま、いいか」 一通り目を通した陽平は都古の期待に反して渋い顔をしてきたが、それでも書き上げたことには違いない。冬耶に報告することを約束し、お疲れ様と告げてくれる。

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