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act.6影踏スクランブル<79>

「ここに、生まれたかった」 そうすれば自分も葵の幼馴染になれた。家族にもなれた。叶わない願いだが都古はフローリングに伏せたまま思わず本音を漏らしてしまう。 「何、都古、うちの子になりたいの?なれば?」 「……は?」 そういうことじゃない。すぐさまそう言い返したかったが、陽平があまりにもあっさりととんでもないことを提案してくるのだから、都古は言葉に詰まってしまう。 「いいよ、もううちの子みたいなもんだし」 確かに長期休みの度に世話になっているし、何なら今こうして保護者代わりに都古を預かってくれてもいる。陽平にとっては面倒を見る対象が一人増えたところで大差ないのは軽い口調がよく表していた。 「葵は”お父さん”って呼んでくれるのには時間掛かったなぁ」 「俺は、呼ばない」 「うん、好きに呼べばいいさ」 だからそうじゃない。ちっとも論点が噛み合わない陽平に、都古は一度起こしかけた身体を再び床に伏せさせた。太陽の光でじわりと温まるフローリングはこのまま眠ってしまえそうなほど心地よい。だが、葵が傍に居ないと不安だし、昨日の乱闘のダメージが残る体は気を抜くとジンジンと痛む。 「都古、寝るならソファー使うかせめてカーペットの上にしな」 「寝ない」 気遣う陽平に対し、都古はただそうとだけ言い返した。寝たくても寝られない。葵が居ないならせめて一人きりになれないと目を瞑るのも怖いのだ。 「暇なら勉強……」 「しない」 今度は陽平が全てを言い切る前に遮ってみせる。さすがに温厚な彼でも怒るかと思いきや、楽しげに笑う声が聞こえてるのだから敵わない。 「さっきまで付き合ってくれたのにつれないな」 「……アオの話は、聞きたい」 「あぁそういうことな」 お喋りに応じた理由を告げれば、陽平は納得した声をあげた。都古が葵に抱く感情を正確には認識していないようではあるが、とびきり懐いていることは彼も知っている。 「どんな話がいいだろう。あの子との思い出は語り尽くせないほどあるから、いざ改まって話すとなると難しいな」 革張りのチェアーに背を預けた陽平は、そう言って思案するような仕草を見せた。話の流れで思いついたことを喋ることは容易だが、脈絡もなく語り出すのは確かに困難だろう。 だから都古はずっと抱えていた疑問を口にした。

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