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act.6影踏スクランブル<81>
「陽平、さん」
都古は寝転んだ体を起こし、普段丸めたままの背筋を伸ばして彼の前に正座して向き直る。突然の都古の行動にさすがに陽平も驚いたように目を丸くした。
「……迷惑、かけて……ごめんなさい」
「なに改まって。今回のことなら俺に謝るんじゃなくて冬耶にちゃんとお礼言いなさい」
「……うん」
先程までの会話の何かが都古の琴線に触れたことは察したのか、陽平は諭すように深く下げた都古の頭をポンと撫でてくれる。でも都古にはもう一つ彼に伝えたいことがあった。
「もう、アオと離れること、しない。ちゃんと守るから」
いくら自分なりに葵の仇を取る行動だったとはいえ、何日も葵から遠ざかる羽目になることはすべきでなかった。綴った反省文にもそんな趣旨のことを書いていた。
「だから、いつかアオ、連れてってもいいですか」
額を床に付けたまま、都古は一見謙虚にも思える言い回しで宣戦布告をしてみせた。今すぐは無理な話なのは理解している。でもいつか自分が葵を優しく守るこの家から連れ出してみせる。葵が出るのを嫌がったこの家から。
「えーっと、色々言いたいことはあるんだけど。まず、そういうのは葵と二人で言いにきなさい」
「うん、だから、いつか」
まだ自分の力が足りてはいない。葵には家族が必要なことも分かる。でも葵を縛る実家からも、安全なケージのような西名家からも離れる覚悟が出来た時初めて葵は解放されるのかもしれないと、陽平の話を聞いて感じたのだ。元々奪う気ではいたが、より強く決心した。
「……いや、寂しいからやっぱり都古がうちの子になりなさい。部屋なら余ってるし」
「それは、いい」
顔を上げながら言い返せば、陽平は本当に名残惜しそうな顔をしてきた。
確かにこの家に生まれたなら、と言いはしたが、都古が家族の一員でないからこそ葵が打ち明けてくれる本音は沢山ある。生みの母親と、弟が眠る場所へも連れて行ってくれる。だから都古は今の都古の立ち位置で葵を支えるつもりだ。
言いたいことを言って気が済んだ都古は再び日の当たる場所を選んで体を横にした。
「まず都古はきちんと卒業な。で、卒業した後の進路もしっかり考えなさい」
「あぁ……うん」
ゴロゴロするつもりの都古に陽平は容赦なく仕返しをしてくる。確かに高校も卒業出来ず、将来の道筋も決まらない相手に大切な葵を預けるわけにはいかないだろう。
「……勉強、する」
冬耶が置いていった課題なら山程テーブルの上に積まれている。視界に入れるのすら苦痛だったが、宣言した手前陽平にだらしない姿を見せるのは評価が下がるに違いない。
都古が気だるげながらテーブルに向かう姿を見て、陽平が小さく笑ったのが聞こえた。でも嫌な気はしない。
静かな書斎に陽平がパソコンを操作する音と、都古がペンを走らせる音が重なっていく。それはとても奇妙で、けれどどこか温かな時間だった。
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