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act.6影踏スクランブル<82>
* * * * * *
鼻先をツンと刺すような消毒液の匂いで目を覚ました葵は、そこがすぐに保健室であることに気が付いた。伊達に初等部時代から保健室の常連だったわけではない。
だが自分に付き添う人物は少しだけ珍しかった。
「いっぱい寝たね、葵ちゃん。寝不足?」
覗き込んできたのは七瀬。くるくるとした明るい茶髪を見ると不思議と心がなごむ。視界を少しずらせば枕元に葵の制服が綺麗に畳まれた状態で置かれているのも見えた。そのおかげでまだ自分が体育の授業を受けた時のままの格好であることも分かる。
「もう、なんですぐ七を呼ばないかな。いつのまにか消えちゃっててびっくりしたんだよ?」
「……ごめん、サッカーの試合邪魔したくなくて」
「そんなのどうだっていいよ。綾にも京介っちにも連絡して探したんだから」
七瀬は葵相手に珍しく厳しい顔をして頬まで抓ってきた。怒るのも当然だろう。授業が始まる前にも彼は葵の体調を気遣ってくれていたし、きっと葵が助けを求めていたらすぐにでも授業を抜けて駆け寄ってくれたはずだ。
「でも、先輩に会えてよかったね」
「あ、うん」
「やっぱ上野先輩くらい大きかったら葵ちゃんなんて軽々だね。ちょっと身長分けてくれたらいいのに」
七瀬と同じく、低身長の部類に入る葵にとっては、確かに幸樹のような高身長で体格にも恵まれている相手が羨ましい気持ちは分かる。しかし葵は七瀬のそんな願望に相槌を打つよりも、まず幸樹が一体何と言って自分を保健室まで連れてきたのかが気になった。
「上野先輩、なんて言ってた?」
「んー?具合悪くなってる葵ちゃんグラウンドで偶然見つけて拾ったって。……違うの?」
「や、ううん、違わない」
幸樹はどうやら葵が温室に逃げ込んだことも、そこでの出来事も完全に”秘密”にしてくれる気らしい。思わず安堵の溜息を零すと、その反応で七瀬はすっかり疑わしい目を向けてくる。
「京介っちはね、次の授業の出席日数やばそうだからって言ってさっき出てったよ。綾も教室帰したし、橘先生も職員室に行っちゃった」
七瀬は腰掛けたパイプ椅子をベッドに引き寄せてそんなことを言ってきた。つまりはこの場に七瀬以外居ないのだから白状しろということなのだろう。
でもいくら親友とはいえ、どこからどう説明したら良いのか葵には分からなかった。発端である一ノ瀬は教師。彼は単に体育を見学する葵を心配して声を掛けてくれただけだろうし、それを怖いと思うことこそが悪いことのように思えたのだ。それにその後幸樹と温室で行った行為も到底自らの口で話せるようなものではない。
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