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act.6影踏スクランブル<84>
ずっと違和感があったのだ。皆キスは好きな人とする挨拶だというし、体を触れ合わせることも好きならば自然な行為なのだとも教えてくれる。でもそう教えてくれた彼等は実際葵以外の誰かと同じことをしているところは見たことがない。純粋な疑問だった。
「葵ちゃんのことは大好きだよ。京介っちも都古くんも好き。でもキスは綾だけ。綾への好きは特別だから」
「特別な好き?それは一人だけ?」
「そ、七の場合はね」
七瀬は質問ばかりを繰り返す葵にきちんと付き合ってはくれるけれど、生憎丁寧に教えてもらえればもらえるほどますます混乱してくる。
「皆もそう?皆も好きな人全員としてるわけじゃないの?」
忍の家に泊まった時に抱いた疑問も今になって蘇ってくる。櫻も奈央も、忍の家に泊まる時は同じベッドで眠ることすらしないと言っていた。抱き締めてキスをする相手は葵だけだと彼は囁いてもきた。京介と都古だってそうだ。二人とも葵以外とする気配は一切ない。
所々でくすぶっていた不安が、七瀬の発言で急速に膨らみ始めてきた。
「特別な好きって普通の好きとどう違うの?」
「えー考えたことないや。七達は生まれた時からお互いが特別な存在だったからちょっと特殊だろうし」
「……じゃあ、聖くんと爽くんも同じかな?」
七瀬の台詞を”双子”が理由だと受け取ったが、間違いだったらしい。七瀬は笑いながら首を振って葵の頭を撫でてきた。
「確かに特別ではあるだろうけど、二人は葵ちゃんにキスしてくるでしょ」
「ん、でも……」
「葵ちゃん、一気に考えすぎないほうがいいよ。七としてはそこからか、って感じだけど、葵ちゃんにしたら一歩前進だと思うから」
本来はきっと自然に理解出来るものなのだろう。それは七瀬の口ぶりからも察することが出来た。悩み事が多すぎる葵にとっては一つでも多くその悩みを解消させたい。だからすぐにでも答えを教えてほしいと粘りたかったが、七瀬はやはり”そのうち分かる”としか言ってくれない。
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