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act.6影踏スクランブル<88>
「葵ちゃん、また増やしたの?」
名残惜しくて小太郎が消えた扉を見つめていた葵は、背後から話し掛けてきた七瀬の声に背中を跳ねさせた。
「増やしたって何を?」
「しかもスポーツ少年って、新しいタイプだね。免疫なさそうで可愛い感じじゃん」
伸し掛かってくる七瀬の言っていることが半分も理解出来ないが、小太郎のことを指しているのは分かる。
「七的には面白いけど。とりあえず京介っち来る前に着替えちゃいなよ」
「……何これ?」
「パンツ。橘の趣味じゃない?他に無いんだからしょうがないよ。新品なのは間違いないからさ」
先程のチャイムで昼休みが始まったのだから確かにのんびりしていたら授業を終えた京介が移動してくるだろう。だが、七瀬の差し出すものがあまりに自分の知っている下着とかけ離れた布面積で素直に頷くのがはばかられる。
「……うぅ、何これ」
七瀬に無理やり押し込まれたカーテンの影で葵はもう一度同じ言葉を繰り返した。でもカーテンの向こうで少し乱暴に扉が開く音と、わずかに革靴を引きずるような足音が聞こえる。それだけですぐ、京介だと分かってしまう。
葵は仕方なく覚悟を決めてそれを身に着けた上で、制服を纏った。
「もう起きて平気なのか?」
「う、うん」
断りもなく京介がカーテンを開けてきたのと、ワイシャツのボタンを留めきったのはほとんど同時だった。まだスラックスはチャックを上げただけでベルトは閉められていないが、京介に見られてはまずそうな部分はひとまず隠し通すことは出来た。
「こないだ熱出たばっかなんだし、無理すんなよ」
京介はそう言いながら、慣れた手付きでベッドに転がる葵のネクタイを取り上げ、代わりに結んでくれようとする。七瀬がカーテンの向こうにいるからか、屈んだ際に短いキスを落としてもきた。
「良かったな、幸樹に会えたんだろ?あいつも喜んでたよ」
目が合うと彼はそう言って笑ってくる。その笑顔を見て胸がチクリと痛んだ。幸樹と仲良くしたことを知ったら、それでもやはり同じことを言ってくれるだろうか。それともまた怒らせてしまうか。
「……京ちゃん」
「なんだよ、甘えた」
思わず抱きつけば、京介は軽く受け止めてそのまま抱き上げてくれる。どうしようもないくらい甘えん坊なのは自覚している。でも不安でいっぱいの胸の鼓動は、京介にくっつかなければ治まりそうになかったのだ。
「京ちゃん、好き。大好き」
「はいはい、分かってるっての」
彼を好きなことには違いない。素直にぶつけると京介はそれすらもあっさりと流してくる。やはり何が正解なのか分かりそうもない。
慣れた体温と香りに包まれながら、葵は苦しさを紛らわせるように息を吐き出した。
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