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act.6影踏スクランブル<89>

* * * * * * 学園にほど近い総合病院の中には、コーヒーショップが併設されている。二人分のコーヒーをトレイに乗せて戻れば、入り口からすぐの場所に座っていたはずの連れの姿が見当たらない。店内をぐるりと見渡すと小さな中庭に面したテラス席の一つに移動していることが分かった。 「探しましたよ」 「あぁ、ごめんね。気付かれちゃったからこっちに来たんだ」 「だから外に出ましょうって言ったのに」 冬耶から苦笑いでコーヒーを受け取った彼は都古の長兄、千景。冬耶が中等部の生徒会長だった時に高等部の会長を務めていたのが彼だった。 卒業と共に本格的に家業を継ぎ芸能活動に勤しんでいる千景は非常に人目を引く。本人は普段の和装ではなくスーツを身に纏い、眼鏡を掛けて変装しているつもりらしいが、見目の麗しさは隠しきれていない。 「冬耶、今回は色々ありがとう。大事にならずに済んで良かったよ」 微笑みながらカップを口元に運ぶ仕草すら、絵になるような優雅さだ。 今日千景を連れてここにやってきたのは、都古が怪我をさせた相手への見舞いのためだった。いくら学園で冬耶が都古の保護者を名乗ったところで、相手方の親は納得しないだろう。だから千景を仕事の合間に呼び寄せたのだ。 都古から手を出したことは詫びつつも、都古も怪我を負っている。互いに非があった、むしろ先に手を出したそちら側に非が多いという結論に落ち着けるために、千景の存在は相手に大きな影響を及ぼした。それに生徒にとっては、前年度の会長である冬耶が現れたことも牽制にはなったようだ。 「そういえば冬耶、いつから”魔王”なんて呼ばれてるの?」 「さぁいつからでしょう?ちなみに遥は”閻魔”らしいですよ」 千景は冬耶の姿を見るなり生徒が発した物騒なあだ名が気になったらしい。冬耶が相棒のあだ名も教えてやれば、彼はくしゃりと破顔した。 「相良は元気?海外行っちゃったんだっけ?」 「元気そうですよ。ほとんど毎日あーちゃんの様子聞くために連絡してきますし」 「気になるなら日本に残ればいいのに」 「……本当に」 千景の言うことはもっともだと冬耶も思う。だが親友の考えは変わらなかった。 葵の実の父親が帰国し、実兄の存在すら明らかになった今、遥が傍に居てくれたらどれほど心強かったか。そんな弱音も吐きたくなってしまう。もちろん、弟達には兄の弱さを見せまいと振る舞ってはいるものの、自分を生徒会へと導いてくれた先輩の前ではついそのガードが緩んでしまう。

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