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act.6影踏スクランブル<91>
「そういえばみや君、今日うちの父に宣言したらしいです」
「宣言?何を?」
冬耶が沈んだ雰囲気を取り払うために陽平から届いたメールの内容を伝えると、千景は一瞬ぽかんと固まった後、いつもの柔らかな笑顔を浮かべてくれた。
「それってあれかな。”お嬢さんを僕にください”みたいなこと?」
「恐らくそういうつもりかと」
「……知らない間に大人になっちゃって」
大人というより逆に子供っぽく冬耶は感じたのだが、千景は弟の成長を喜んでいるようだから黙っておくことにした。
少し年の離れた弟を、彼は目に入れても痛くないほど可愛がっている。高等部から入学してきた都古もまた、”ちぃ兄”と千景を呼んで慕っていたことを冬耶は知っている。だから彼等がいつかまた元通りの兄弟に戻れるまで、責任を持って都古を預かるつもりだった。
「うちに居る時は大分無理をしていたんだと思う。大人しくて感情表現も苦手だと思い込んでいたから、冬耶から都古の話を聞くと本当に同一人物かといつも不思議になるんだ。今回の喧嘩も、プロポーズの話もね」
千景の話では、高等部に上がる前の都古は反抗的な素振りなど見せたこともなかったらしい。家長である父親には特に歯向かうことなど許されていなかったようで、都古の表情が乏しいのも言葉を発するのが不得手な理由もそこにある。だから自分の欲望に素直な都古の姿は千景には想像出来ないようだ。
「本当に葵くんが居てくれてよかった。もし葵くんが居なかったら、都古は生きることを選ばなかったかもしれない」
千景は都古が同性の葵に恋愛感情を抱いていることを、特段問題視していないらしい。その理由は彼のこの言葉が示していた。都古が健やかに生きてさえくれたら、他に望むことはないのだろう。
だがそれは同時に冬耶の胸を締め付けもする。
都古は葵が居たから生きることを選んだ。でも葵は混乱していたとはいえ、生みの母親の呪詛に取り込まれ簡単に操られてしまった。まだ葵をこの世に留めるための存在が居ないことを表しているようで苦しくて堪らない。
「葵くんを育ててくれた冬耶にも、ご家族にも感謝してる」
行き場のない苦しさは千景が付け加えた一言でほろほろと緩んでいく。
「冬耶の気持ちはちゃんと葵くんに伝わってるよ。だから葵くんは冬耶似の優しい子なんだ」
「……似てますか?」
「そう思うよ」
どうあがいても葵の本当の兄にはなれない。それがコンプレックスだった。だから葵に実の兄がいるという情報は冬耶をこれ以上ないぐらい大きく動揺させたのだ。
でもそんなことを知りもしないはずの千景は、冬耶を励ますような言葉を的確に与えてくれる。何気ない些細な言葉でも、冬耶はまた強い兄として振る舞える原動力をもらえた気がした。
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