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act.6影踏スクランブル<92>
カップ一杯分の時間では千景との会話は足りそうもなかったが、彼は多忙の身。また改めてゆっくりと食事をする約束を交わしてコーヒーショップを出てロータリーまでは並んで歩き出す。千景には迎えの車がいるからそこでお別れだった。
「また連絡するよ」
千景はそう言って、付き人が開いた扉から後部座席に収まるとあっという間に姿を消してしまった。付き人の様子からしても、随分と無理をして冬耶に付き合ってくれていたようだ。
名残惜しさを抱えながら来客者用の駐車場へ向かうと、手に入れたばかりの赤いスポーツカーに不躾に凭れた男の姿を見つけた。
年季の入ったジャケットは元々カーキ色だったのだと予想出来るが、日に焼けたのかベージュにも見えるほど色褪せている。待ち伏せていたことを示すように男の足元には煙草の吸殻がいくつも転がってもいた。
「……何か御用ですか?」
嫌な目つきをする浅黒い肌の男にロクな用事は感じられない。無視することも考えたが、早い段階で対処したほうがいい、そう判断して冬耶から声を掛けた。すると男は軽く会釈をすると、ジャケットの胸ポケットから名刺を一枚取り出し差し出してくる。
そこには冬耶でも名前ぐらいは知っている週刊誌の名前が書かれていた。
「記者の方が何か?」
「いやぁ突然すみません。ちょっとお話聞きたくて。さっきお兄さんが一緒に居た人、どこか具合でも悪いんですかね?仕事の合間に病院に行くなんて心配で」
男の目的はどうやら千景らしい。伝統芸能を受け継ぐ新星のゴシップを求めて周囲を嗅ぎ回っていたのだろう。本人に相手にされなかったから冬耶に声を掛けてきたのだと分かった。
相手の正体が分かればそれで十分だ。冬耶はそれ以上の会話に乗ることはせず車に乗り込もうとするが、男はしつこかった。扉に己の体を挟んで物理的に閉められないようにし、無理矢理にでも会話を続けようとしてくる。
「あれ、お兄さんどこかで見たことあるな。この髪色に長身、うん、やっぱりそうだ」
ハッタリをかましてでも気を引きたいのか。冬耶はわざとらしい言葉を並べる記者を、飽き飽きしながら睨みつけた。だが冬耶の予想は外れた。
「……お兄さん、このあいだ藤沢グループの本社に出入りしてたでしょ」
今までの飄々とした様子を取り払い、男はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。彼は間違いなくこれが目的だったのだろう。でも何故、と冬耶は新たな疑問に思考を巡らせる。
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