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act.6影踏スクランブル<97>
* * * * * *
主人の気まぐれに振り回されるのは常のこと。穂高は慣れてしまったが、新しく雇った運転手代わりの青年が、今朝方共有したスケジュールとは全く違う指示ばかりを受けてあたふたしている姿を見ると、やはりこれは異常なのだと実感する。
「……申し訳ございません、秋吉さん」
助手席に座る穂高が代わりにナビを操作して、馨の指示通りの住所を入力してやれば彼は控えめな声量で詫びてきた。取り乱させた当の本人は素知らぬ顔で楽しげにタブレット端末で遊んでいるのだからどうにも救いようがない。
本来本社に戻るはずだったところ馨が急遽立ち寄りたいと言ってきたのは、先日彼がカメラマンとしての仕事を行ったアパレルブランドのオフィスだった。嫌な予感がするがこの時点で止めるのは得策ではない。車に青年一人を残してビルに立ち入れば、ブランドの代表がわざわざ出迎えにやってきていた。
「突然ごめんね、リエさん。このあいだ撮影した写真の加工が終わったから早く見せたくて」
まるで無邪気な子供のような言い分だ。笑顔の馨にこんなことを言われて拒める人間はそうはいない。事実、リエと呼ばれた女性も恐らく馨に予定を覆された被害者のはずが、むしろ嬉しそうに表情を綻ばせていた。
「ちょうど良かった。聖も来ているから一緒に見させるわ」
「聖くんも?一人?」
「そう、急にやる気出しちゃって。単独でも仕事させはじめるつもりなの。今日はその打ち合わせ」
「へぇ一人で、か。面白そうだね」
案内されたエレベーターに乗り込みながら二人は会話を弾ませ始めるが、穂高だけは僅かに眉を顰める。聖が居る。それが不安だった。
馨は前回モデルとして対面した聖と爽が、葵と同じ学園に居ることを知っている。知っていてあえて、幼い頃の葵の写真を見せびらかそうとしてみせた。穂高が止めに入って防げたものの、今回もまた口を挟めば馨の機嫌を損ねるのは間違いない。
────さて、どうしたものか。
到着したフロアに足を踏み入れながら、穂高は人知れず思考を巡らせた。
ワンフロアを貸し切ったオフィスには広告塔として活躍する双子の写真がいたるところに飾られている。いずれ馨が撮影した写真と差し替えたいのだと言うリエの言葉に、馨は満足そうな顔をしてみせた。
馨は社長としての器量も感じるが、こんな場面を見るとアーティストとしての活動のほうが彼の望みなのだろうと思わされる。彼が夢を犠牲にしてまで父親の言いなりになった理由は、葵と再び暮らすために他ならない。例えそれが歪んだ愛情であっても、決して生半可な気持ちでないことは馨の努力が証明していた。
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