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act.6影踏スクランブル<99>
「アイちゃんも日本にいるんですか?」
「うちの子はずっと日本で暮らしてるんだ。今は普通に高校生活を送っているよ」
このまま馨はアイこと葵が聖と同じ学園に通っていることを打ち明けてしまうのではないか。穂高は一瞬たりとも気が抜けず、馨に視線を送り続けることしか出来ない。
だが穂高の予想に反し、馨は更に情報を求めようとする聖の興味を逸らしてみせた。
「……ねぇ聖くん、一人で仕事するの?」
「あぁ、そうなんですよ。ちょっとやってみよっかなって」
馨の質問に答えるように、聖は机の上に広がる資料を手に取り表情を陰らせた。
「ミュージックビデオには出たことあるけど、映像の仕事ってあんまりしたことないし。まして本格的な演技ってなると結構ハードル上がる気がするんですよね」
素直に不安を吐露する聖の姿は、タブレットの奥で涼し気な表情を浮かべるモデルと同一人物に見えないほど年相応の子供らしい。親切な大人のフリをして頷いて先を促す馨が一瞬の隙を見てこちらへウインクしてきたのだから、わざと穂高をハラハラさせてきたのだろう。
結局、馨は最後まで聖やリエにアイの正体を告げることはなかった。
聖と爽が、連休中に三人で出掛けたことも、彼等を西名家に招いたことも、葵を監視させている者から報告は上がっている。当然ただ同じ学園にいるだけの関係ではないと馨は心得ているはずだ。教えるならまだしも、決定的な情報を与えないことこそ何か裏があるように思えてしまう。
そんな不安を見透かしたように聖とリエの見送りを受けながら迎えの車に乗り込む馨は、穂高が扉を閉めてやる瞬間、こっそりと耳打ちしてきた。
「あの子達使えそうだから、まだ……ね」
邪気のない笑顔でとてつもないことを告げてくる。そうだ、彼はそういう男だった。
「ねぇ穂高。そろそろ桐宮に挨拶しに行こう」
走り出した車の中で、尚も馨は穂高を動揺させてくる。確かに馨は葵の通う学園に行きたいとは言っていた。あれから具体的に動く様子を見せなかったから忘れていたかと思っていたのだがそう甘くはないらしい。
「西名が学費払って葵の保護者ヅラしているのも癪だし、今まで葵に掛かった金、全部直接渡してしまえばいいでしょ」
馨には物の道理が通用しない。金の問題だけが親の証ではないのだが、西名家が一向に藤沢家からの小切手を受け取らないことが馨をムキにさせているようだった。
「調べて用意しておいてね、穂高」
バックミラー越しに甘く微笑む主人の望みを、今の穂高には叶えるという選択肢しかない。
「もし葵に出会ってしまっても、それは不慮の事故、だから仕方ないよね?」
藤沢家の当主であり、父親である存在からの言いつけを守りつつも、やはり葵に一目会いたい欲望は押さえられないらしい。すっかり機嫌を良くした馨に、穂高は正面を向きながら小さく吐息を零した。
隣の運転席からこの先の目的を迷う青年から遠慮がちな視線が飛んでくるが、彼を気遣う余裕は今の穂高には生まれそうもなかった。
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