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act.6影踏スクランブル<100>

* * * * * * バスルームの声、特に笑い声はよく響く。リビングスペースのソファに凭れる京介の耳に、先程からひっきりなしに葵と七瀬の声が届いていた。 「うるせぇなあいつら。何してんだよ」 「藤沢が元気そうで良かったよ」 向かいに座る綾瀬に愚痴を零せば、彼はただ友人の様子を前向きに捉えた返事をしてきた。確かに都古の不在に落ち込む葵を笑わせてくれる七瀬に感謝する気持ちはある。 だがそもそも彼等が今夜泊まること自体、京介は納得していなかった。どうせ七瀬が勝手に決めたのだろうが、葵にはきちんと断ってほしかった。自分との時間を優先してくれない葵に歯がゆさを感じるのだ。 「……まぁ、結果的にはちょうど良かったけど」 「ちょうど良かったって?」 「そろそろ出掛けるから。葵の面倒頼んでいい?」 綾瀬は京介の突然の依頼に、珍しく驚いた顔をしてみせた。当然だろう。夕飯も済ませたタイミングで京介が居なくなるとは微塵も思っていなかったはずだ。 京介自身そんな予定はなかったのだが、葵のトラウマを嗅ぎ回る存在が現れたと冬耶から呼び出しが掛かれば断ることなど出来なかった。偶然とはいえ、葵を一人にせずに済んで安堵する気持ちがあるのは否めない。綾瀬は深く事情を尋ねることはせず、黙って頷いてくれるからありがたい。けれど、葵相手にはそうもいかなかった。 ようやくバスルームから出てきた葵の髪をいつも通り乾かしてやりながら出掛けることを告げれば、葵は途端にむくれてしまう。 「どこ行くの」 「だからバイトだって」 「……ホントに?」 ドライヤーを止めさせて葵は探るようにジッと見つめてくる。葵は鈍いように見えるが、付き合いが長い分京介の誤魔化しが通用しない時があるのだ。 「京ちゃんまで居なくなっちゃうの、やだよ」 「戻ってくっから。綾瀬も七瀬も居るし、な?」 自分から人が離れていくことに葵が恐怖を覚えるのは知っている。特に遥が海外へと飛び立ち、冬耶ともなかなか会えない。そんな環境で都古まで居ないのだ。葵に過度なストレスが掛かっているのは知っている。今日の授業中に具合が悪くなった、というのも精神的な要素が強い気がしていた。 「お家帰るの?」 「なんでだよ。バイトって言ってんだろ」 やはり葵は時々鋭い。自分では分からないが、バイトに向かう時と家族に会う時と、何か様子が違うのかもしれない。葵は納得しない様子のまま一度寝室へと引っ込んでしまったが、すぐに何かを手にして戻ってきた。

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