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act.6影踏スクランブル<101>
「もしお母さんに会ったら、京ちゃんが代わりにこれ渡して」
「何これ」
「日曜日、母の日だから」
いつのまに用意したのだろうか。葵が差し出した小さな紙袋の中にはプレゼントらしき包みと、ちょこんと咲くカーネーションの飾りが見えた。確かに週末は”母の日”だ。京介はちっとも意識していなかったが、葵はいつしかこうしたイベントごとをしっかりとこなすようになっていた。
葵が家に帰りたがったのは都古に会いたいだけではなく、母への贈り物を手渡したい気持ちもあったのだろう。けれど、冬耶にも京介にも禁じられ、きっと落ち込んでいたに違いない。いじらしくて思わず葵の体を抱き締めてしまう。
「分かった、兄貴に言っとくから。週末一緒に渡しにいくか?」
「……いいの?」
「おふくろも葵から貰いたいだろ」
絆されてつい葵を甘やかしてしまえば、ようやく葵はふわりと表情を緩めてくれる。綾瀬と七瀬が見ていなければ、きっと、いや間違いなく唇を重ねていた。名残惜しいのは京介も同じだが、冬耶との待ち合わせ時間が差し迫っていては悠長にしていられない。
もう一度葵に別れを告げると、今度こそ葵は寂しそうに、けれど大人しく頷いて京介を見送ってくれた。眠るにはまだ早い時間だし、あの様子ではもしかしたらなかなか眠りにつけないかもしれない。眠れても悪夢を見てしまうかも。そんなことを考えると早く葵の元に帰ってやらねばと感じてしまう。
冬耶は寮のすぐ傍まで車で迎えに来ていた。運転席でハンドルを握る彼の顔色はいつもよりも少し悪い気がする。助手席に滑り込めば、車は静かに夜の街を走り始めた。
「都古は?大人しくしてんの」
本題にいきなり入るのは気が引けて、京介は冬耶にそんな話題を振ってみせた。
「反省文も書いてたし、今日は一日いい子にしてたみたいだよ。まぁ反省文はあーちゃんへのラブレターだったから書き直させようとは思ってるけど」
冬耶の表情が少し和らいだ。都古のことだから、きっと本当に葵への気持ちを綴った作文なのだろう。
「千景さんと見舞いにも行ってきたし、とりあえず解決かな。あとはどれぐらい謹慎の日数縮められるかだけど、そこは北条に任せちゃおうと思う」
葵や都古には悪いが、京介としては十日間たっぷり謹慎して欲しい気持ちもある。でもそれを言葉にして発するのはあまりにも幼く思えて、京介は先を促した。
「……で、その見舞いの時に会ったんだろ」
「そう、俺の後を付けてたみたいでさ」
冬耶からは病院の駐車場で週刊誌の記者に接触されたことはすでに連絡を受けていた。だからこうして葵抜きで会うことにしたのだ。
「一応父さんから藤沢さんに連絡はしてもらったんだけど、どこまで牽制になるかは分からない。まだ藤沢のほうへは接触してないみたいだし」
葵が幼い頃も、周辺をうろつく記者たちを藤沢家の金と権力で押さえ込んでもらったのだという。だから今回も、葵の祖父、藤沢家のトップに手回しを頼んだのだろう。敵である彼等の力を借りる策は京介個人としては反対だったが、代替案が出せぬままでは従う他なかった。
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