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act.6影踏スクランブル<102>
「あーちゃん、しばらく学園の外に出さないでおける?」
「出すなって言っても日曜はまた宮岡と会うつもりだったし、あいつ母の日のプレゼントおふくろに渡したがってる。全部止めたら不安がるだろ」
冬耶の心配はもっともだし、叶うならそうしたほうが安全なのは分かる。だが現実的に葵に不穏な空気を感じさせずに実行するのは不可能だ。それを告げれば、冬耶は深く息をつき、ゆっくりとブレーキを踏み込んだ。目の前の信号はちょうど黄色から赤へと移り変わる瞬間だった。
「学園の中にも不安要素はあるしな。いっそ、あーちゃん連れ去ってどこか逃げちゃおうかな?」
「馬鹿なこと言ってんなよ」
「……冗談だよ」
京介のほうを向きもせずに口元だけ笑みを携えた兄はそう言うが、本当はその選択肢も彼の中にある気がしてしまう。
幼い頃冬耶がガレージにこっそりと脱出用のリュックを隠していたことを知っている。きっと葵を救い出して遠くへ逃げるつもりだったのだろうと今なら思う。賢い彼は結局行動には移さなかったけれど、もしかしたらずっと悔やんでいるのかも知れない。あの時葵を連れ出していたら、と。
青信号に変わったのを見届けて、また冬耶はゆっくりとアクセルペダルを踏んだ。学園の付近から外れて繁華街に向けての大通りに進み始めるが、今夜目的地があるわけではない。適当に車を流しながら会話をするつもりだった。
「北条から連絡があったんだ。あーちゃんのこと、もっと知りたいんだって。京介、どう思う?」
「どうって……葵は嫌がんだろ」
「だから、あーちゃんにはまだ明かさずに」
金曜の繁華街は車の量も多い。スピードがぐっと落ちた車の中で、冬耶は思わぬことを提案してきた。
「あーちゃんを傷つけるものが多すぎる。彼等に協力してもらわないと守りきれないのは事実だ。あーちゃんが何を恐れているか、何に心を乱されるか。それを伝えることは、守ることに繋がるよ」
冬耶はようやく京介に視線を向けてきた。まるで京介が意固地に反対しているのを宥めるような口調だ。言い分の正当性は分かるが、それでも京介はまだ手放しに賛成することは出来なかった。
「葵は今自分で克服しようとしてんだ。その前に葵が抱えてるもん勝手に晒して、立ち直れなくなったらどうすんだよ」
西名家に住んでいることを打ち明けるのすら葵にとっては一大決心だったはずだ。彼等は知らないふりをして受け止めてやっていたし、葵もその優しい嘘に気が付いてはいない。でもこれからもそれが続く保証はなかった。
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