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act.6影踏スクランブル<103>
「大丈夫、あの子達はあーちゃんのことを愛してくれてる。あーちゃんもそれに応えようとしてるだろ?」
応えなくていい。更に言えば、京介以外に愛されなくたって構わない。そんな極端な反論がせり上がってきたが、京介はそれを必死に堪えた。愛されたいと願う葵にそれはあまりに自分勝手な欲望であることは自覚しているからだ。
葵の傷を知ってから、遥や都古は更に葵との仲を深めてしまった。正直に言えばそれが怖いのだ。これ以上厄介なライバルを増やしたくはない。
「……俺があいつの傍に居るから」
だから他の手を借りる必要がない。平気だと主張してみせるが、冬耶は困ったように笑うだけ。きっともう冬耶の中では決定事項なのだろう。どうあがいても兄には結局敵わない。
話が終わりなら早く葵の元に帰りたい。けれど苛立ちを隠しきれないまま葵と会ったら間違いなく不安にさせてしまう。そんな京介の葛藤を見透かしたように、冬耶の運転で車は栄えている通りを一本越えた場所にある駐車場に入り始めた。
「せっかくだからなんか食べて帰ろう。実は結構お腹空いてるんだ」
「俺はもう食ったんだけど」
「いいじゃん、付き合ってよ」
冬耶は半ば強引に京介を車の外へと引っ張り出してくる。京介の頭を冷やさせる時間を作るつもりなのかもしれない。
「お兄ちゃんも色々悩んでるんだ。助けてくれよ、京介」
渋々歩き出した京介の肩をポンと叩きながら、冬耶は朗らかな笑顔を向けてくる。ふざけたような軽い口調だが、彼が悩んでいるのは紛れもない事実だろう。こんな事を言われたら拒むことは出来やしない。
「……あんま無理すんなよ」
彼の顔に少し疲れが滲んでいることを考えても、そう声を掛けたくなった。
駐車場のすぐ近くにあったこじんまりとした定食屋に入り、注文したものが出されるまでの間、京介は先程思い出したガレージのリュックの真相を兄に尋ねてみることにした。
冬耶はやはり京介の思った通り、葵をあの藤沢家から連れ出すために準備していたと教えてくれたが、一つ予想外のことがあった。
「京介の分のリュックも用意してたよ。食いしん坊だったから非常食いっぱい詰めてさ」
葵と二人だけで逃げるつもりはなかった。さも当たり前のように冬耶は京介も一緒に連れて行く予定だったのだと教えてくれた。
子供が考えた幼い計画だ。実行もされなかった。けれど、当時の冬耶が京介を置いていくことを全く考えていなかったことがなぜか嬉しかった。たまには兄と二人、こうして会話するのも悪くない。逃亡先の候補を楽しげに聞かせてくれる冬耶の話に耳を傾けながら、京介はそんなことを思っていた。
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