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act.6影踏スクランブル<105>

* * * * * * 日曜だというのに古ぼけたプラネタリウムは以前訪れた時と同じく閑散としている。そもそも営業が続いているのか不安になっていた奈央は門が開いていることに気が付いてホッと息をついた。 今日ここへ来たのには理由がある。葵と訪れた際に館長に貰った星型のシールは加南子の手によって破られてしまっていた。葵本人にそれが見つからない内にどうにか新しいものを手に入れたかったのだ。 重たい扉を開けて中に入れば、受付の奥にちょこんと館長が腰掛けていた。奈央以外の客の姿はまだ見えない。 「……すみません」 薄いガラスの窓を叩いて少し大きめの声を出せば、館長は手元の文庫本から視線を上げ奈央の存在に気が付いてくれる。 「おぉ、奈央さんじゃないか。今日は一人で来てくれたのかい?」 「はい、また遊びに来ちゃいました」 そう言って奈央はチケット代を差し出そうとするが、彼は受け取る素振りを見せずただ親しい友人を迎えるように笑顔を向けてきた。少し背中の曲がった彼が握手を求めて差し出してきた手は随分と骨ばっている。それは奈央の胸をチクリと痛ませた。 彼に招かれるまま、前回も共にお喋りをして過ごした受付の中へと足を踏み入れる。所々剥げかけた革のソファの上に、前回までは無かった枕とタオルケットが重なっているのが見えて、嫌な予感がしてしまう。 「館長さんもしかして……」 「あぁ、片付けるのを忘れていたよ。見苦しいものを見せてすまないね」 お茶の準備をしていた背中に話しかければ、奈央が何を言いかけたのか察した館長がそそくさと寝具を奥に隠した。見なかった振りをしたほうが良いのかもしれないが、小柄な老人が一人で抱え込む姿を放ってはおけなかった。 「こちらで寝泊まりされてるんですか?」 「実はこのあいだボヤが出てしまってね、住んでいたアパートに居られなくなってしまったんだ。ここがあって良かったよ」 館長は明るく笑ってみせるが、無理をしているのは明らかだ。 「お怪我は?」 「いや、体はこの通り元気だ」 熱い緑茶が注がれた湯呑を差し出してくれる館長の手付きは確かにしっかりしている。けれど、奈央の正面に腰を下ろした彼の溜息は深かった。ただでさえ困窮した生活の中で追い打ちのように火事が起きてしまう苦労は想像に難くない。

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