794 / 1636

act.6影踏スクランブル<107>

「私は葵ちゃんが残してくれたこれがあるから、頑張れるよ」 奈央の不安を察したのか、そう言って彼が取り出したのはこのプラネタリウムの再建計画が書かれたノートだった。宝物のように胸に抱えて目を瞑る館長の姿に胸が張り裂けそうになる。 「葵ちゃんが初めてここに来たのは、あの子がこんなに小さな時だった」 しばらくの沈黙の後、館長は奈央に葵との出会いを語り始めた。 「子供が子供の面倒を見ていたから、最初は驚いたよ」 「……子供、ですか?葵くんは誰とここへ?」 「あぁそうか。葵ちゃんはママと来たって思いこんでるからな。奈央さんは穂高くんのことを知らないか」 葵の思い出の中の人物が”ママ”であることも今初めて知ったのだが、館長の言う”穂高くん”も奈央にとっては聞き覚えのない名前だった。 「葵ちゃんの家の使用人の子だよ。確かあの頃は高校生、だったかな?学校の行事で来たここを気に入ってくれたらしくてね、葵ちゃんを連れて二人で遊びに来たんだよ」 「その”穂高くん”は今どこへ?なぜ葵くんはお母さんと来たって思ってるんですか?」 聞きたいことが溢れてくる。一昨日生徒会室で忍に対し、葵の知らない場所で秘密を暴くのは良くないと宣言したばかりだというのに、自分に呆れてしまう。 「葵ちゃんは穂高くんのことを忘れているみたいだし、本人からも葵ちゃんには言わないでくれと頼まれているんだ」 だから母親との思い出の記憶にすり替わっているということなのだろうか。疑問は残るが、少なくとも館長が穂高と今も交流が続いていることは垣間見えた。 「悲しいものだよ。あんなに仲の良かった二人が顔を合わせることも叶わないなんて」 それぞれを知る館長にとっては切ない関係性なのだろう。だがどうして穂高という人物が葵と会えないのか。葵がそれほどの関係の人物を忘れ去っているのは何故なのか。次々と聞きたいことが生まれてきてしまう。 「ここをいつか再会の場所にしてあげたい、そう思っていたんだが」 だから館長はきっとプラネタリウムを畳むという選択を極限までしたくなかったのだろう。力が及ばなかったと館長が悲しく笑う姿に、奈央まで泣きたくなる。 「奈央さんも、もうここへ来てはいけないよ」 プラネタリウムの門まで見送ってくれる館長は奈央の手を握りながらそう念押しをしてきた。 「ありがとう。君に出会えてよかった。葵ちゃんを宜しく」 生い茂る新緑の間を縫って差し込む太陽の光を浴びて館長は頭を下げてくる。本当なら彼の意に沿わず、今すぐにでも葵を連れて来てやりたい。でもきっとそれは奈央がしてはいけないこと。悔しさを堪えて頷けば、彼は奈央とは違い随分とすっきりした笑顔を向けてくれた。

ともだちにシェアしよう!