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act.6影踏スクランブル<110>
* * * * * *
二度目のカウンセリングは宣言通り、ミルフィーユが売りのカフェで行うことにした。高校時代の友人が妻と二人で始めた小さな店は、特別に貸し切りにしてもらっている。
カウンター席で友人と談笑しながら到着を待っていると、待ち合わせの時間ぴったりにやってきた葵が少し不安そうな顔つきで扉から顔を出してきた。扉に付けられた鈴がチリンと軽やかな音を紡ぐ。
「……宮岡先生!良かった、貸し切りって書いてあったから」
「あぁすみません、表で待っていればよかったですね」
葵の不安げな様子の原因が分かって謝罪を口にすれば、葵はそれを拒むように首を振って駆け寄ってきた。宮岡に懐いてくれる素直な仕草が可愛らしい。そんな葵の後ろを静かに着いてくるのは京介だけではない。初めて出会う人物だが、宮岡はすぐにそれが誰だか分かった。
「今日はお兄ちゃんも一緒なんだ」
「はい、母の日だから今日はこのあと皆でご飯に行くんです」
「それは楽しみだね」
葵が西名家の家族として自然に振る舞う姿は少しだけ宮岡に複雑な感情をもたらした。だがもちろん表には出さないよう細心の注意を払う。
「いつもあーちゃんと京介がお世話になってます」
「冬耶くん、ですね。宜しく」
シルバーの髪色にピアスだらけの派手な容姿だが、宮岡に会釈してくる冬耶の笑顔は人当たりの良さがすぐに伝わってきた。京介は相変わらず無愛想だが彼も優しい子なのはもう十分に知っている。彼等に大切に守られてきたから、葵は真っ直ぐ育ってくれたのだろう。
葵には友人夫婦を紹介し、貸し切りの状態にしたことへ何の気兼ねも必要ないと教えてやれば彼は安堵したように頷いてくれた。
小さな店には個室などない。京介と冬耶にはカウンターで時間を潰してもらいながら、宮岡は葵をテラスに面した一番奥のテーブルへと誘いだした。
「これから食事なら、ご飯は食べないほうがいいかな?お茶だけにします?」
「あ、いえ、お父さんの仕事が終わってからだからお出かけは夕方なんです」
メニューを見せながら気を使ってやれば、葵はそう返して一番始めのページに載ったミルフィーユの写真を指差す。
「これ、せっかくだから食べてみたいです」
「良かった。とっても美味しいから葵くんに食べてほしかったんです。私はランチセットも頼むけど、葵くんは?」
次の問い掛けに対しては、少しだけ気まずそうにしながら葵は遠慮してみせた。見た目通り葵が少食なことも知っている。ボリュームのあるミルフィーユだけでも恐らくお腹いっぱいになってしまうと踏んだのだろう。
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