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act.6影踏スクランブル<111>
「葵くんの学校って土曜日もお休み?」
「午前中だけ授業はありますけど、午後はお休みです」
「そう、じゃあ丸一日休みなのは日曜日だけなんだ。貴重なお休みの日に付き合ってもらって申し訳ないな」
葵からも宮岡に会いたがってくれてはいるものの、カウンセリングで引き出す記憶は葵にとっては苦しいものばかりだ。本来は楽しく過ごせるはずの日曜日に葵を泣かせてしまいかねないのは心が痛む。
「宮岡先生とお喋りするのは楽しいから。本当はもっと会えたらいいなって思ってます」
はにかみながら答えてくれる葵に嘘は感じられない。
「それに、早く強くなりたいから」
「……強く?」
「はい。すぐ泣いちゃうのも、おかしくなっちゃうのも、治すんです。そうしたら皆のこと守れるくらい強くなれるかなって」
京介達に聞こえるのを気にしてか葵の声音は秘密を打ち明けるように小さかったけれど、宮岡の心を大きく揺さぶってくる。
葵と直接会話をする前は、穂高の過保護な様子も相まって、庇護すべき弱い存在だと認識していた。けれどあれほどの経験を経ても尚、人を愛そうとする葵は弱くなどない。
「もう君は沢山の人を幸せにしています。君を心の支えにしている人だっている。今の君がダメなんてことは決してないんですよ」
焦らないように諭せば、葵は自信が無さそうな素振りは見せたものの、コクリと頷いた。けれど葵にとって一番必要なことを告げれば泣きそうに俯いてしまう。
「葵くんはまず、自分を愛してあげよう」
自分にひどくコンプレックスを抱えていることは、ここにやってくるまで目深に帽子を被っていた様子を見ても明らかだ。愛されたいと願いながら、今の自分では愛される資格がないと思い込んでいるのだと、言動から垣間見える。
会話は一度、注文した料理が運ばれてきたことで中断した。涙が溢れずに済んでホッとする顔をされると、数度のカウンセリングで彼の心を解きほぐすのは困難なのだと思い知らされた。
「……美味しい、クリームふわふわしてます」
落ち込みかけた空気を取り払うように葵はミルフィーユを頬張って笑顔を向けてくる。宮岡もそれにならってセットに付いてきたサラダから手をつけ始めた。
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