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act.6影踏スクランブル<114>
* * * * * *
「おかえり、あーちゃん。頑張ったね」
宮岡とのカウンセリングを終え、カウンターへと戻ってきた葵の目元にはうっすら涙の跡が残っている。だが葵の表情は晴れやかだ。抱き締めて褒めてやると、葵はくすぐったそうに抱き返してくれた。
京介から話は聞いていたが、葵がこれほど宮岡に懐いているとは思わなかった。心強い反面、少しだけ寂しい気持ちにもさせられる。
「宮岡先生、ちょっと良いですか」
「ええ、もちろん」
葵がカウンター越しに店主へとミルフィーユの感想を伝える姿を横目で見ながら、冬耶は宮岡を外へと誘い出した。テーブルが二つしかない小さなテラスからはきちんと手入れが施された庭の景色が楽しめる。
「今日は葵くん本人の希望でお母さんの話をしました」
冬耶が尋ねるよりも先に、宮岡はカウンセリングの内容を教えてくれる。
「あーちゃんがそう言ったんですか?」
「はい、母の日だから思い出したい、と」
今夜は家族で紗耶香への感謝を伝えようと食事に行くつもりだった。葵の発案だ。だが、葵は同時に実母エレナへの想いも募らせているようだ。もしかしたら葵は毎年、人知れず苦しんでいたのかも知れない。
「何か思い出しましたか?」
「葵くんの記憶は大分混乱してるみたいですね」
宮岡は直接的な回答はせず、そう言って少し困った笑顔を向けてきた。
「私は彼女が葵くんを公園に連れて行ったり、一緒に絵本を読んだりするような人物ではなかったと聞いています」
「そうですね。俺もそんな覚えはありません」
「でも葵くんにはその記憶がある。どういうことか、分かりますか?」
以前も確かに葵の語る思い出におかしな部分があるとは感じていた。葵が理想の母親像を空想してしまっているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「恐らく、他の人物との記憶を混同させているのだと思います」
「……他の人、ですか?それはもしかして穂高くん?」
冬耶がストレートに名前を告げれば、宮岡は静かに頷いた。やはり彼は穂高と繋がっているらしい。
「彼から聞いていたんです。ブランコも滑り台も、全てアキが膝の上に葵くんを抱いて一緒に楽しんだこと。眠りにつくまで何度でも同じ絵本を読み聞かせてあげたこと」
穂高のことを宮岡は”アキ”と呼んでいるらしい。何故と一瞬考えたが、彼の名字は確かに”アキ”が付く名前だった。あだ名で呼ぶほど親しい仲なのだろう。
その彼との思い出が、葵に愛情を微塵も注ぐことの無かった母親との記憶にすり替わっていることが悔しいのか、葵相手には冷静さを貫いていた彼の声音が少し震えていた。
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