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act.6影踏スクランブル<117>

「藤沢家そのものを失脚させるしか思いつきませんね。……これを逆手に取りますか?」 宮岡はそう言って冬耶がテーブルに載せたままでいたゴシップ記者の名刺を指差した。 藤沢家の嫡男であり、アーティストとしての知名度もある馨。その妻で、自身も女優として活躍していたエレナの自宅での自殺は格好のスキャンダルだ。藤沢家が圧力をかけたおかげで報道規制はかかったが、もう一度この話題を世に出せば大きな反響を呼ぶことは予想がつく。マスコミを利用することは確かに一つの案としてはありだろう。 だがそれは葵を深く深く傷つけることと結びつく。守るために葵を晒し者にするなんて、そんな手段を選べるわけがない。 「ゴシップの種は、葵くんの傷を抉るもの以外にもあるかもしれませんよ」 「……どういうことですか?」 何か心当たりがあるような口ぶりだ。だが、宮岡は冬耶の問いには答えずに、そっと店内へと視線を向けた。テラスと店内とを仕切るガラス戸の向こうで、葵が不安げにこちらを見つめていた。 どうやら宮岡はまだ手の内を全て明かすつもりはないらしい。一体彼は何を知っているのか。このまま問い詰めたい気持ちはあるが、葵に余計な疑いを与えたくはない。冬耶はすぐに兄の仮面を付けて葵に手を振ってみせた。 「あーちゃん、宮岡先生いい人だね。俺も仲良くなれたよ」 葵の元にすぐに戻ってやり、そう告げてやれば葵は途端に曇った表情を取り払った。二人だけの会話がやましいものではなく、宮岡との仲を深める和やかなものだったとの印象づけに成功したようだ。いつからこんな嘘が上手くなってしまったのだろうか。 もう一人の弟、京介のことまでは誤魔化しきれず、何か言いたげな視線を向けてくるが、ここで会話出来ることは何もない。 二人を連れて店を出ると、細い路地の先に少し古い型のコンパクトカーが一台停められているのが分かる。普段なら気にならない光景だが、どうしても過敏にならざるをえない。 「あーちゃん、おいで」 葵を庇うように自分の脇に引き寄せ抱き締めると、何も知らない葵は嬉しそうに冬耶に寄り添ってくる。京介も、普段なら後ろを着いてくるところ、冬耶と葵を先導するように前に立ってきたのだから、同じことを考えているのだろう。 葵が悪いことをしたわけではない。それなのに、どうしてこそこそと身を隠すような真似をしなければならないのか。腹立たしくて堪らない。 葵にじわじわと詰め寄る影をどう振り払ってやったらいいのか。どんな難問でも簡単に解ける頭脳を持つ冬耶だが、さすがにその答えはまだ見当もつかなかった。

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