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act.6影踏スクランブル<118>

* * * * * * 友人の奏でる音楽はどこか物悲しさを感じるものが多い。あえてそんな選曲ばかりなのか。それとも彼が弾くとどんな曲でも切なく聴こえるのか。鑑賞のための知識はあれど、芸術的な感性はそれほど持ち合わせていない忍には判断がつかなかった。 「拍手くらいしてよ。タダで聴けてるんだから」 一曲弾き終えると、櫻はそれまで纏っていた雰囲気を取り払い臆面もなく言ってのける。変わり身の速さは彼らしいのだが、少しは浸らせてほしい。 「金が欲しいならくれてやる」 「……ひどい言い草。何イライラしてるの?」 呆れたように溜め息をつくと櫻はピアノではなくソファに座る忍へと向き合ってきた。確かに今の発言は不適切だった。イラついているのも事実。だがそれを正直に打ち明けるのは躊躇われた。 昨日昼までの授業を終えて生徒会室に現れた葵は思いのほか元気だった。理由は七瀬達が泊まりに来てくれたからだと言う。それは構わないし、結果的に京介と二人の夜を過ごさせずに済んだことにも安堵した。だが友人以上の存在にすらなれていないことを思い知りもしたのだ。 それに葵は駄目押しのように新たに知り合ったらしい後輩を"小太郎くん"と親しげに呼んでみせた。葵のことだから忍への当てつけのつもりはないだろう。双子との会話の中で自然に出て来ただけだ。けれど、未だ名前すら呼んでもらえない忍にとっては歯がゆい気持ちにさせられる。 「あのさ、人の部屋勝手に来て難しい顔したまんまでいるのやめてくれない?」 「……あぁ」 友人はもう一度忍を叱ってくるが、むやみに口を開けば八つ当たりをしかねない。だから軽く流すと櫻の眉がきつく歪むのが見えた。 「西名さん、教えてくれるとは約束してくれたんでしょ?来週どこかで時間作ってくれるって言ってるんだからそれでいいじゃん」 どうやら櫻は葵の秘密を早く知りたがって忍が拗ねていると思ったらしい。苛つきの原因として全く該当しないかといえばそうではないが、正解とも言えない。 「知ったところで葵との距離が縮まる気がしない」 要するに、忍の気持ちを一言でまとめるならこうだった。葵のことをいくら理解したところで、葵自身はまだそれを望んではいない。知っていることが葵本人にバレてもいけないのだ。おまけに、忍はまだ"会長さん"のまま。 「もしかして名前のこと?まだ頼めてないの?」 「いや……断られた」 「なんで?」 忍が自分だけ役職名で呼ばれることを気にしているとは櫻も分かっている。だが葵からはっきりと、今は呼べないと謝られたことまでは話せていなかった。 「分からない。時間が欲しいと言われたんだ。何か呼べない理由があるんだろう」 納得している素振りで告げてみるが、それが強がりだと櫻は見抜いたらしい。ピアノから離れ忍の正面へと移動して来た。

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