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act.6影踏スクランブル<122>

「葵、おいで。部屋戻ろう」 バスタオルで濡れた体を包んで抱き上げると、葵は素直に身を寄せてくる。溢れる涙を京介の肩口で拭うのも幼さを感じた。 ひとまず京介のパーカーを被せて暖をとらせると、葵は少しだけ落ち着く様子を見せた。だがその代わり、京介にしがみつく力が強まっていく。 「宮岡に会うの、しばらく休むか」 初めのきっかけはどうであれ、葵が自ら成長したいと願って宮岡のことを求めている。それを応援してやりたい気持ちはあれど、葵が過去の記憶を蘇らせて取り乱す様を目の当たりにすると、安易に送り出すことはまだ危険に思えた。 「やだ」 「辛いんだろ?別にやめろって言ってんじゃなくて、間隔空けろってこと」 駄々をこねるように首を横に振る葵の説得を試みるが、葵はやはりイヤイヤをするばかり。 「大丈夫、ここ噛むのは我慢できたの。大丈夫、大丈夫」 「噛む場所変えただけだろーが、馬鹿」 手首を指して主張してくる葵は、こんな時でも愛らしい。出来ることなら甘やかして何でも聞いてやりたいと思いたくなるほど。だがこればかりは見過ごせない。 「来週の予約ずらしてもらうから」 「ダメ、沢山思い出さなきゃ。強くならなきゃ。早くしないと」 「なんで?お前は何に焦ってんの?」 一度は止まりかけた涙が、また蜂蜜色の瞳を濡らしていく。どうしたらこの泣き虫な幼馴染は自分を労ってくれるのだろうか。 「会長さんと約束したから」 「会長?なんであいつが出てくんだよ」 「もっと仲良くなりたいの。でも早くしなきゃ、会長さん、待ってくれないかもしれない」 「だからなんの話だよ」 的を射ない幼い口振りに歯がゆさを感じる。しかし尋ねてから京介は一つの理由に思い当たった。 生徒会長の名前は忍。葵の弟と同じ名前だ。葵を愛さなかった母親が、葵への当てつけのように愛しすぎた存在。その名を葵は口に出すことすら固く禁じられていたのだ。穢れてしまうから、と。 「お前、会長とその話したの?」 葵自らその思い出を忍に語れるとは思えない。 「……言えない」 「だよな」 悲しそうに擦り寄ってくる葵が切なくて仕方ない。忍に名前を呼んでほしいと請われ、恐らく時間が欲しいとだけ返したのだろう。だから葵は急いでいる。待ちくたびれた忍が離れてしまう可能性を怖がっているのだ。葵なりに忍への好意を示したいと葛藤している様子も窺えた。 「京ちゃん、やっぱり写真ほしい。皆の写真。写真だけでも一緒に居たい」 「今日は我慢しろ。つーか、俺だけじゃやっぱダメなの?お前」 「京ちゃんも居なくちゃダメ。京ちゃんはずっとずっと、ここに居て」 ほんの少し噛み合わない会話。華奢な体がめいっぱい甘えるように縋ってくるのは嬉しいし、こうして本音を吐露するのは取り乱している時の唯一良い部分だ。けれど、葵の気持ちはまだ京介の想いと同じ温度ではない。

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