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act.6影踏スクランブル<125>

「生徒会役員として全校生徒にも慕われて……」 「今回はね、教頭先生。葵がお世話になっているお礼をしたくて来たんです」 「……お礼、と言いますと」 「穂高、ここへ」 額の汗を拭う教頭を尻目に、馨は涼し気に微笑んで後ろに控えていた秘書を呼び寄せた。彼の持つジュラルミンケースが静かにテーブルの上へと置かれる。中には何束もの現金が詰まっていた。ざっと見ても数千万円はありそうだ。 「いけません、こういったことは」 「これは葵の学費ですよ。何も後ろ暗いものではありません」 何か深い意味を込めた金だと感じた教頭がすぐさまケースを突き返してみせるが、馨はそれを更に跳ね除けた。ここでようやく椿は馨の考えていることを理解し始めていた。葵の親としての立ち位置を、せめてこの学園内でだけでも確固たるものにしたいのだろう。 「初等部から高等部卒業までの金額、こちらで足りますか?不足があれば追加で用意させますが」 「いやいや、すでにお支払い頂いているものを二重で頂くわけには……」 「ですから、あなた方が受け取っている分を支払い元に返せばいいだけのお話でしょう」 物分りが悪い、と言いたげに馨の表情に少し苛立ちが表れ始めた。 西名家に金を返す。その行為を馨が求めているとは理解できるのだが、それはそもそも馨が葵の養育費として西名家に小切手で渡した金ではなかったのか。 椿の中に疑問が生まれた。馨の金を使って西名家が払った教育費を、馨が更に金を払って処理をする。全くもって意味不明の行動だ。 「そ、それにしてもこの額はあまりにも」 「そうなんですか?穂高、ちゃんと調べたの?」 教頭も馨の要求に気が付いたようだが、今度はまた別の焦りを見せ始めた。だが冷静で優秀な秘書はおおよその金額に間違いないと主張している。思い通りの展開にならない馨が更に眉間に皺を寄せたところで、教頭はこのすれ違いの原因を口にした。 「葵くんは特待生なので、こんな費用は頂いていないんです」 「特待生?どういうこと?」 「中等部の半ば頃でしょうか。奨学金制度への希望を本人から貰いまして、親御さんとも話した上で特待生への試験を……」 「親?誰のことです?私はそのような会話した覚えはありませんが?」 「あぁいえ、申し訳ございません」 教頭が迂闊にも西名家の人間を葵の”親”と表現したことで馨の機嫌がいよいよ急降下してきた。だが椿にとって馨が怒ろうがどうでもいい。気になるのは葵が特待生として奨学金制度を使っている、ということだった。 西名家は馨から贈られた金を、もしかしたら本当に受け取っていないのかもしれない。かといって西名家が葵を自分の子供と同等の存在として大切に扱っている証にはならない。現に教頭は、特待生が日頃の生活態度と成績の優秀さが厳しく求められる立場なのだと教えてくれた。 椿には西名家が金を惜しんで葵を苦しい立場に追い込んでいるように思える。 やはり葵を早く西名家から引き離さなければ。 麗しい顔を歪めて教頭を睨みつける馨を横目に見ながら、椿は改めてそう心に誓った。

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