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act.6影踏スクランブル<130>
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謹慎が終わるまで西名家で大人しくしていよう。都古が珍しくそんな愁傷なことを考えたのは陽平に絆されたから、だけではない。昨夜家族団らんで過ごした葵が、会えない代わりにと手紙を冬耶に預けてくれたのだ。
傍に居なくても葵が都古のことを忘れずに想ってくれている。それだけで都古の気持ちは自然と落ち着いていた。だから今日も陽平の書斎で冬耶からの課題に向き合う時を過ごしている。
「……はい?いや、そもそもどうしてその金を受け取ったんですか?いきなり返すと言われても」
都古の手を止めたのは、先程から傍で電話の対応をしていた陽平が尋常ではない怒気を放ちだしたからだ。
「奴が来ると連絡を入れた時点でこちらに共有するのが筋でしょう」
都古には話の前後が分からなかったが、話し相手が学園の人間で、話題は葵に纏わることらしいというのは分かる。実父が葵を取り戻したがっている話は都古も伝え聞いていた。
謹慎が終わるまで。そんな悠長なことは言っていられないようだ。
「都古!待ちなさい!」
葵の安否が気になって都古が思わず書斎を飛び出そうとすれば、陽平がそれを鋭い声で呼び止めてきた。振り返ると、彼が何かをこちらに投げてくる。
「葵が連れて行かれないように保護して。俺は藤沢の家に行く」
陽平が渡してきたのは都古が迂闊に脱走出来ないよう没収していた財布。止めるどころか促してくるとは思わなかった。だが、それだけ陽平も焦っているのだろう。
都古は彼の期待に応えるべく頷き返すと、今度こそ全速力で西名家を後にした。
何度か行き来するうちに何が一番の交通手段かは学んできたつもりだ。電車だと少しだけ遠回りになる上に、最寄り駅から学園まで距離がある。都古は走りたい衝動を押さえ大通りでタクシーを捕まえると、ただひたすら一秒でも早く学園に着くことを祈る。
葵の父親が学園に乗り込んできた。それが何を指すのかぐらいは都古にも察しはつく。葵を奪う動きが本格的に始まったのだろう。もしかしたら学園にやってきた父親がそのまま葵を連れ去った可能性さえある。陽平もそれを恐れているはずだ。
こんな時には、日頃冬耶から叱られているように、葵も自分も携帯電話を持っていたら良かったと思わざるをえない。
校門に辿り着き、いつも通りそこを潜り抜けようとすれば、予想外に警備員が都古の前に立ちはだかった。
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