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act.6影踏スクランブル<133>

* * * * * * やはり彼は神からの贈り物だ。窓から差し込む夕陽を浴びて眠る姿を見て一ノ瀬は改めて実感する。何の変哲もない台が葵を載せただけで聖なる祭壇かのように神々しいものに変わる。 葵が何故あの場所に蹲っていたかは分からない。泣きじゃくっていた理由も。だが、一ノ瀬にとってそれは特段気になることではなかった。大事なのは葵が今自分の目の前に居ること。 「あぁ葵くん、やっと二人きりになれたね」 本当なら葵を自宅に連れ帰ってしまいたかった。だが生憎一ノ瀬は今夜、学園の見回りを課せられていてまだここを離れるわけにはいかない。 それに一ノ瀬が住んでいるのは学園からほど近いマンション。通勤するのに便利な立地のおかげで、同じ場所に住んでいる教員がいる。葵を運び込むところを万が一見られたら言い訳が出来ない。いくら愛し合っていると主張したところで、教師と生徒の立場では引き離されることは目に見えていた。 だから一ノ瀬は夜が更けるまで葵を学園の中に隠すことにしたのだ。もし葵を運んでいる最中に見つかっても、具合の悪くなった生徒に手を差し伸べる優しい教師を演じればいい。最悪、手放すという選択もできる。 幸い、駐車場からそれほど距離の離れていない防災用の備蓄倉庫へと葵を連れ込むところは誰にも目撃されずに済んだ。見回りのために預かっていた鍵がこんな風に役に立つとは思わなかった。 この場所には水も食料もあるし、毛布もある。葵を多少長い時間置いておいても不便はないだろう。 「ここなら誰からも邪魔されない。守ってあげるからね」 一ノ瀬がそう言って頬を伝う涙を拭ってやると、葵はスンと小さく鼻を啜ってみせる。甘えるように一ノ瀬の手に頬を擦り寄せてくる仕草も堪らない。 きっちりと締められたネクタイを解く、ただそれだけで手が震えてしまう。ようやく葵に触れられる。一つになれる。愛し合える。その思いだけで興奮が止まらないのだ。 白いシャツのボタンをゆっくりと外していくと、華奢な首元から鎖骨、そして胸へのラインが顕になる。今すぐ口付けて舐め回したい衝動に駆られるが、気分を害すものが浮かんでいることに気付いて一ノ瀬は顔をしかめた。 「また、浮気したんだね」 ぽつぽつと肌に浮かぶ鬱血の痕は間違いなくキスマーク。濃い色合いは付けられてからそれほど日が経っていないことを示していた。 「今までのことは許してあげるけど、もうしちゃダメだよ。葵くんは、私の、だからね」 他の場所にも男の痕跡が残っていないか確かめるために、細いウエストに巻かれたベルトを緩めた。チェック柄のスラックスは葵の体には少し大きいようだ。それほど苦労せずにスルスルと脱がせていくことができる。足元まで滑らせてようやく一ノ瀬は葵の靴が片方なくなっていることに気が付いた。 コレクションにしておきたかった一ノ瀬にとっては少々残念ではあるが、葵との時間が手に入っただけで十分だ。ボタンを全て開いたシャツと、下着、そして靴下だけの格好は、葵の肢体を特別いやらしく映えさせる。 このまま全て脱がせて抱いてしまいたいが、葵から貰った手紙は生物室に置いてきてしまった。一緒に使って欲しいと同封された気化性のドラッグも今は持ち合わせていない。

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