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act.6影踏スクランブル<137>

* * * * * * 蒸し暑さと息苦しさに苛まれて目を覚ました葵には自分の置かれた状況がしばらく理解出来なかった。明かりのない室内は薄暗く、ここがどこなのか確認しようがない。手足も自由に動かない。おまけに自分がかなり肌を晒した姿でいることも察し、不安で体を震わせた。 「……んーッ、ん」 せめて口内に詰められたものを舌で押し出そうとするが、たっぷりと唾液が染み込んで重たくなった布らしきものはそう簡単に外れてはくれない。 ────どうしよう、誰か、助けて。 心の中で叫んだ声に答えるように、遠くでガチャリと金属の軋む音がする。鍵が開けられた音だろう。助けが来たのか。それとも葵をこんな目に遭わせている人物が帰ってきたのか。 コツコツと踵を鳴らす足音に少しずつ記憶が蘇ってくる。意識を飛ばす直前に見たのは茶色い革靴だった。 緊張で背中を汗が伝う。 「ただいま、葵くん。待たせてごめんね、ひとりぼっちで怖かったね」 いきなり頬に触れられて葵はビクリと体を跳ねさせた。じっとりとした手の平の感触も、自分の名を呼ぶ声も、葵が親しみを感じる相手とは明らかに違う。 目を凝らせば、葵を見下ろしていたのは一ノ瀬だった。 「また後で少し出ないといけないけど、仕事が終わったらずっと一緒に居られるからね」 まるで葵がそれを望むような口ぶりが恐ろしくて自然と震えが強くなる。でも相手はそれを寒さ故と勘違いしたらしい。周囲を漁る音が聞こえたかと思えば、新品の匂いがする毛布が葵の背の下に敷かれた。簡単に持ち上げられる自分の小柄な体躯が今は憎くて堪らない。 「葵くん、もう浮気しちゃダメだよ。これからは私がきちんと愛してあげるからね。ここも、私一人で沢山満足させてあげる」 「んッ…んんッ」 触れられたのは無防備な下半身だった。布越しの感触はまだ自分が下着を身に着けていることを示しているが、安堵は出来ない。遠慮なしに這い回る手に気持ち悪さが込み上げてくる。 「あぁ、いっぱい暴れちゃったのかな。手首も足首も擦れちゃってる。付け替えてあげるね」 自分がどんな状態なのかは分からない状態で事が進むのは恐ろしすぎる。それを嫌だと言うことも許されない。 ────早く、逃げなきゃ。 葵の頭上付近に置いた鞄を漁る一ノ瀬の顔は喜々としている。彼からは葵を解放する気など微塵も感じられない。

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