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act.6影踏スクランブル<140>

* * * * * * 「若、さすがにもう一年留年はやめてくださいよ」 生意気な部下はバックミラー越しにそう言って睨みつけてきた。仕事に関しては忠実で頼りになる男であるが、若葉のプライベートになると彼は格段に口うるさくなる。 今も若葉を車に乗せて向かうのは学園の寮。どうやっても彼は若葉を卒業させたいらしい。謹慎が明けても日中に学園に来ようとしない若葉にとうとう痺れを切らしたと言っていた。 若葉が良家の子息ばかりが在籍する学園に通い続け、わざわざ留年した理由を彼はよく知っているはずなのだが、それでも若葉が普通の高校生活を送ることを夢見ているのだ。随分と幸せな思考の持ち主だ。 車のトランクには若葉の私物がうんと積まれている。これを寮に運び込めば必然的にその場所を拠点にすると期待しているらしい。 金を渡せば真面目に通わなくとも高卒なんて肩書きは手に入れることが出来る。若葉は必要だと感じればそうするつもりでいたが、目の前の彼、徹はそれでは納得しないのだ。 「好きにしろ」 どこに居ても自分のやるべきことは変わらない。興味なさげに返せば、呆れたような溜息が返ってきた。 学園に辿り着くと既に校門は閉ざされ、キーを通さなければ開かないようになっていた。運転席から徹が差し出した手にカードを乗せると、彼は黙って校門の傍に設置されたセンサーへと向かった。 静かに開いた校門の中へと再び車は走り出す。だがそれを背後から追い越してきた一台のバイクが妨げた。タイヤがアスファルトを擦る音が響く。徹も、そして若葉もミラー越しにその存在を確認していたから驚きはしなかったものの、挑発されればそれを無視する選択はない。 フルフェイスのヘルメットを外してこちらに向かってきたのは意外な人物だった。 「何か用か、キョウ」 くすんだオレンジ色の茶髪には見覚えがある。窓を開けて手を振ってやれば、返ってきたのはこちらを射殺しそうな目だった。 「お前、葵に手出してねぇよな!?」 彼は若葉に掴みかからんばかりの勢いで責め立ててきた。出会い頭で随分な態度だ。これでも数年前の京介は自分にそれなりに懐いてきた記憶があるのに、いつのまにか生意気になってしまった。 「アオイ?あぁ、フジサワアオイ?」 「とぼけんな、何か知ってるなら全部吐けよ」 「……お前はホント血の気が多いネ」 京介の中では若葉が”アオイ”に何かしたと解釈されてしまったらしい。 体格もいいし、地頭も悪くない。兄に対する反抗心がくすぶっていた彼を唆して気を紛らわすための悪い遊びを教えたのは他でもなく若葉であるが、その目的はスカウトである。 若葉に忠実な犬がもう一匹欲しかっただけだ。主人が濡れ衣を着せられているにも関わらず、顔見知りの京介相手だと知って殺気を仕舞い運転席でのんびりする徹よりも素直で従順な犬。 彼が冬耶の弟であることも都合が良かった。結局その意図を察した京介はこうして若葉をひどく憎むようになってしまったが仕方ない。 若葉を睨みつける京介を諌めたのは、後から追いかけてきたもう一台のバイクの主だった。京介よりも更に長身で逞しい体をした男のことも若葉はよく知っている。

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