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act.6影踏スクランブル<141>
「人気者ですね、若」
早く自分の用事を済ませたそうな徹がこっそりと嫌味を言ってくるが、若葉に当たられても困る。若葉も被害者なはずだ。
「京介、やめとき。今来たコイツは関係ないやろ」
「じゃあどこに居んだよ?」
「落ち着けって」
今度は京介の怒りの対象が自分を止める幸樹に代わったようだ。京介は随分と焦っているらしい。宥める幸樹の顔にも疲労が滲んでいる。彼等は仲良くツーリングに出掛けていたわけではなく、”アオイ”の捜索に尽力していたのだろう。
「すまんな。気にせんといて」
幸樹は京介を半ば引きずるようにしてこの場を離れていった。
おかげでようやく車を動かすことは出来るが、彼等は寮前のロータリーにバイクを停めてしまうし、それをきっかけに寮からわらわらと人が集まってくる。京介だけでなくあれだけの大人数にギャンギャンと吠えられるのはうんざりだ。若葉は目的地の変更を徹に命じた。
「……これは全て若の荷物なんですが」
寮から少し離れた校舎裏の駐車場に着いても動く気配のない若葉に、トランクを漁っていた徹は暗に手伝えと訴えてくる。
「お前が勝手に持ってきたんだ。”好きにしろ”」
その言葉に若葉は一切協力しない意志を込めたはずだ。もう一度繰り返せば徹は諦めたように荷物を抱えて寮へと向かいだした。
そもそも授業に出席する気もない若葉に寮生活を送らせたところで通常の卒業が出来るはずがないのだが、彼はそれを理解しているのだろうか。乱れなくスーツを着こなす後ろ姿を見送りながら若葉はゆっくりと煙草に火を付けた。
徹の帰りをただ待つのは暇だ。彼に付き合ってここにやってきたもう一つの目的を今のうちに果たしてしまおうと思い立つ。
若葉がコンビニのビニール袋を手に車から降り立ってしばらく周囲を歩くと何処からともなく猫が集まってきた。大小様々な猫たちは広大な敷地を持つ学園で自由に暮らす野良猫。
寮生活を寂しがった生徒が連れてきたペットの猫が発端で増え始めたらしいが真相はどうだか分からない。
確かなのは気まぐれに学園を訪れる若葉がそのたびに餌付けしたおかげで随分懐かれていること。特にお気に入りは家に連れ帰っていたが、徹からはこれ以上増やすなとひどい剣幕でどやされるのだ。だからこうして不定期に可愛がってやることしか出来ない。
寮を拠点にすればもう少し面倒を見てやれるかも。若葉は自分に擦り寄る猫を相手にする内にそんなことを思い始めた。
猫は若葉の家柄や見てくれにも動じず、餌を与える時にはとびきり可愛く甘えてくる。だが用のない時にはツンと素っ気ない態度をとる自由な生き物だ。若葉は昔から何故か無性に彼等が好きだった。人間相手には到底抱かない感情だ。
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