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act.6影踏スクランブル<142>

しばらく猫と無心で戯れていた若葉の耳に、うっすらとくぐもった声が聞こえてきた。初めは猫のものかと思ったが、ミルクを舐めさせる手を止めて耳をすませば、やはりそれは聞き間違いではなく人の声、それも甘ったるい嬌声のようだ。 盛っている奴等が若葉の顔を見たら一気に恐怖するだろう。それを想像して若葉に悪戯心が芽生えてきた。声の元を辿るとそこは倉庫のような小屋。しかも外からきっちりと南京錠がはめられている。どういった状況なのかますます興味が湧いてくる。 ぐるりと小屋の周りを見渡せば、採光用のガラス窓が一つ取り付けられていた。それほど貴重なものは保管されていないのか、大して強固なものではない。若葉はポケットからターボライターを取り出すと、鍵の付近にじっくりと当ててやる。すると十数秒でパキッという小気味良い音と共にガラスにヒビが入った。 ヒビ割れの中に腕を突っ込んで鍵を弄ると簡単に窓全体が開く。手の甲を軽く切ったが若葉には気にならない程度の怪我だ。それよりも、窓の中の光景が更に若葉の気を引いた。 簡素な台の上に敷かれた毛布。その上で華奢な体躯の少年が四つん這いにさせられていた。手足は光沢のない黒革のベルトで戒められ、身動きが取れない状態のようだ。唯一自由に動かせる顔を毛布に擦り付けて彼は泣きじゃくっている。 若葉が開け放した窓から差し込む月明かりを浴びて、シャツだけを纏った白い体が艶かしく揺らぐ。体に何かを施されているらしい。真っ赤に染めた頬も、潤んだ蜂蜜色の瞳も、絶えず溢れる甘い声も。彼が欲情していることは明らかだった。 「ナニしてんのチビちゃん」 彼以外の人間が誰も室内に居ないことを確認した若葉は、窓越しに声を掛ける。 「楽しそうなことしてんネ」 若葉の声に少年は体をビクリと体を跳ねさせるものの、若葉のほうを向かずにただ泣くだけ。これからどう遊んでやろうか悩む若葉の背後から、抑揚のない声が掛かる。 「若、どうされたんですか」 「んー?何かいいの見つけた」 「また猫ですか、これ以上増やしたら全部よそにやりますよ」 徹は若葉の足元に擦り寄る猫たちのことと捉えたらしい。不機嫌そうに眉をひそめてみせた。彼を呼び寄せて窓の中を覗かせるとますます眉間の皺が深くなる。

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