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act.6影踏スクランブル<143>

「あれが”アオイ”さんでは?」 「だろうネ。あんな感じだった気がする」 冬耶が世界一大事だと豪語していた存在、藤沢葵。未里も彼のことを何やらしきりに話して聞かせてきたが、それほど興味は無かった。どう見ても幼く子供っぽくて食指が動かなかったのだ。ただあんなに淫らに化けるなら遊んでやってもいい。 しかし揃いも揃って無能の集まりだと若葉は笑いたくなる。彼等が必死に探している相手は、すぐ傍に隠れていた。これを若葉が捕らえたと知ったら、どんな顔をするのだろうか。想像だけで腹が痛い。 「テツ、あの錠前はずせ」 「助けるんですか?」 徹は面倒事に首を突っ込みたくないと言わんばかりに顔をしかめた。 「俺の顔見て”助かった”なんて思わねえだろ」 学園では随分恐ろしい人間として認識されている。甘く鳴く存在が絶望に打ちひしがれる顔も見てみたい。そう告げれば徹は渋々車に積んでいたペンチを取り出し、扉を開け放してみせた。 空調のない部屋の中はじっとりと汗ばむほど蒸している。熱の発信源は間違いなく部屋の中央にいる葵だ。 近付くと彼の下半身から紐が垂れているのが分かる。ローターでも埋め込まれているのだろう。台の上に置かれた大きなトートバッグには、グロテスクなバイブやらクリップやらが放り込まれていた。彼を捕らえた犯人は随分と悪趣味らしい。 「あぁ、ラリってんのネ」 バッグの中にいわゆるセックスドラッグと呼ばれる類のものも見つけた。葵の目が虚ろなことも、こうして若葉が歩み寄っても反応を示さないことも、納得がいく。 汗の伝う首筋をくすぐり、そのまま顎を持ち上げてようやく目が合った。不思議な色をした瞳は真っ直ぐに若葉を捉える。 「こんばんは、チビちゃん」 口に詰め込まれたネクタイを取り出してやりながらもう一度仕切り直しをしたのだが、彼の反応は若葉の予想を大いに裏切った。 「……あ、りがと」 長いこと塞がれたままの状態だっただろう。水分を失って掠れきった声で呟かれたのは若葉への礼だった。 「狙いが外れましたね、若」 わざわざ傍に控える徹が指摘してくる。その口元は珍しく緩んでいた。ドラッグに侵されているだけだと反論したが、徹は肩を竦めて笑う。面食らった若葉の顔がよほど面白かったらしい。

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