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act.6影踏スクランブル<152>

一人暮らしだという宮岡の部屋はワンルームではあるもののかなり広く、ウッド調のパーテーションとディスプレイラックで寝室とリビングスペースを上手に間仕切りしていた。葵を寝かせるよう指示されたのは、そのリビングに置かれた三人は優に座れそうなソファ。 宮岡はタオルケットと、そしてパーカーをめくって手際よく葵の肌を晒していく。だがその表情は険しかった。 「惨いことをする」 ぽつりと漏らされた声で、落ち着いて見える彼も憤りを感じていることが分かる。工具で葵の両手と、そして性器に施された拘束を外す、その宮岡の手も震えが見て取れた。 「ここ、捻ったみたいですね。少し腫れてる」 宮岡がそう言って触れたのは葵の左足首だった。確かにくるぶしの辺りが赤く腫れている。それに恐らくそこも以前は拘束されていたのだろう。両足首の皮膚も擦り切って、血が滲んでいた。 宮岡は葵の体を蒸したタオルで綺麗に拭ってやりながら、その一つ一つの傷を丁寧に処置していく。心の専門とはいえ医師だからここまで手際が良いのかと思った冬耶に、彼はこうした被害を受けた子供の世話を何度かしたことがあると打ち明けてくれた。 宮岡はその経験から葵の体には挿入まではされた痕跡が見受けられないと診断したようだ。葵が傷付けられたことに違いはないが、それでも冬耶の心に重く伸し掛かっていた影がわずかに和らいだ。 「でも何か薬物を与えられてそう、なんですよね?針の跡はないし、飲み込ませたか、鼻から吸わせたのかな。嘔吐してる様子もないけど、これから何か体に異変は出てくるかもしれないね。葵くん、体力無いだろうから心配だな」 「何をしてあげたらいいですか?」 「今はとにかく傍に居て、見守ってあげることしか出来ないかな」 宮岡の言葉に冬耶は肩を落とした。力の抜けきった葵の手を握っても、何の反応もない。それが恐ろしくて堪らない。もしこのまま目覚めなかったら。想像しただけで身震いが起こる。 宮岡は葵の分だけでなく、冬耶にも、と寝巻き代わりの服を手渡してくれた。このまま今夜はここに泊まっていけということらしい。相変わらず携帯は振動を続けているが、冬耶はその申し出をありがたく受け入れることにした。葵にとって、それが最善の選択に思えたのだ。 「何か食べます?」 「いえ、ちょっと食欲が……」 「食べないと持たないよ。私も晩御飯まだだから、付き合って」 引かなそうな宮岡に、冬耶は少し悩んだ挙げ句首を縦に振った。世話になりっぱなしだが、彼は不思議とそれを気負わせない柔らかな雰囲気を纏っている。それも日頃あらゆる患者に接している経験値故なのだろうか。

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