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act.6影踏スクランブル<154>

そして冬耶は現在の学園の主、忍にも連絡を入れる。もう一度くまなく学園を捜査することを命じたのだ。彼からはすぐに了解と、葵の身を案じる文字が返ってきた。それに対し、ひとまず明日は授業を休ませることだけを返す。 ただでさえ馨が学園に乗り込んだおかげで教師たちがざわついている。その状況だけでも葵を通わせるのは躊躇われたのに、こんなことが起きてしまえば尚更だ。現実的にもぐったりと横たわる葵の青ざめた顔を見れば、登校など無理だと分かる。 「ベッド使っていいよ。葵くんと二人なら楽に寝られるサイズだと思うので」 食事を済ませ、互いに寝支度を整えると宮岡からそう提案された。手当てを施すためにはソファのほうが都合は良かったが、葵をきちんとした場所で寝かせてやりたかったのが本音。付き添いたい気持ちも汲んでくれる宮岡に、冬耶は有り難く頷いた。 「……あぁ、そうだ。アキに葵くんのこと連絡してもいいかな?死ぬほど心配してると思うから」 部屋全体の明かりを数段階暗く柔らかなものに変えた宮岡は少し遠慮がちに声を掛けてくる。 「あ、それはもちろん。ただ、あーちゃんが何をされたかは……」 「うん、友人を犯罪者にしたくないから、そこは伏せておくよ」 宮岡は冬耶を安心させるように笑って早速電話を掛け始めた。相手はすぐに電話に出たようで、会話が小さく漏れ聞こえてくる。電話越しの穂高から、葵を保護したことを聞いて安堵した様子が伝わってきた。 穂高には今日藤沢家で久しぶりに顔を合わせた。といっても、互いを懐かしむような雰囲気ではなく、言葉も交わせていない。 昔から大人っぽかった彼はそのまま成長を重ねていた。動くたびに柔らかく揺れるウェーブの掛かった鼠色の髪も当時のまま。あの頃の記憶を鮮やかに呼び起こさせた。葵はよく彼に抱きついて、そしてその髪に触れて安心した顔をしていた。 「おやすみ、あーちゃん」 ぶかぶかのトレーナーを着た葵はいつもよりも更に幼く、儚げに見える。繋いだ手に力を込めて囁やけば、苦しそうな表情が少し和らいだ。 眠る気には全くなれない。だが、冬耶はとても疲れていた。何一つ解決していないが、今はただ少しだけ目を瞑りたい。記憶にある限りの葵の笑顔だけを思い浮かべていたかった。

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