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act.6影踏スクランブル<156>

都古が久しぶりに俊敏な動きを見せたのは、駐車場のスペースから少し外れたエリアに差し掛かった時だった。靴を履いていない状態でよくそこまで、と妙な感心をしてしまうほどのスピードで彼は急に駆け出し始める。 「おい、都古!どうしたんだよ」 慌てて後を追いかければ、都古はその先にある倉庫の前で足を止めた。その扉は開け放たれている。これに気が付いて走ったようだ。 扉の中は明かりが点いておらず、真っ暗だ。月明かりだけを頼りに目を凝らせば、部屋の中央に置かれた台の上に鈍く光る鎖が繋がっているのが分かる。それが何を示しているか。否が応でも理解する。 「……アオ、嘘……アオ」 都古も同じ予想をしたようだった。ただでさえ蒼い顔を更に蒼くし、都古はズルズルとしゃがみこんでしまう。そしてそのまま口元を押さえ、えずき始めた。 自分よりも動揺する人間がいると、必然的に冷静でいなくてはならないと頭が働くのだろうか。京介は苦しげに嘔吐する都古の背を擦ってやりたいとは思うものの、恐らく今京介が体に触れたら余計に悪化する気がして、手の行き場をなくした。 都古を実家から連れ出した日。都古が居たのは目の前にあるこの倉庫のように真っ暗な蔵だった。そこで彼は繋がれていた。彼が何よりも大切にし、心を捧げている葵が自分と同じ目に遭った。その事実が都古をパニックに陥れたのだと容易に推測出来る。 「あとでどうにかしてやるから、ちょっと待ってろよ」 今の都古に京介がしてやれることはない。薄情なわけではなく、何と声を掛けても、都古は拒絶するのが目に見えている。だから京介はそう言って、この場に残る犯人の痕跡を探ることを優先した。 ここは防災用の備品を保管する倉庫らしい。台の上に転がるペットボトルには非常用の飲料水だと書かれたラベルが貼られていた。辺りを探れば同じボトルが山程見つかる。京介はそれを一つ手にすると、未だ入り口でダウンする都古へと渡してやった。 台の上に敷かれた毛布には濡れた跡が点々と残っている。ここで何が行われたのか。目の当たりにすると、京介も都古のように吐き気を催してきた。 葵が犯された。未だにキスもそれ以上の愛撫も”おまじない”だとか、”挨拶”だと信じている幼い葵が。

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