845 / 1393

act.6影踏スクランブル<159>

「幸樹、駐車場近くの倉庫、一回見に行ってくれ」 「……分かった」 ぐったりと力の抜けた都古を肩に担ぎ上げながら、京介は幸樹にそっと耳打ちをする。普段ふざけている彼だが、こうしたトラブルの時にはとてつもなく頼り甲斐がある。今も何も詳しい説明をしなくとも、何かを察したように頷き返してくれた。 細身とはいえ長身で筋肉質な都古の体を運ぶのは一苦労だ。小柄な葵を担ぐのとは訳が違う。 「お前の面倒見てる場合じゃねぇんだよ」 ようやく辿り着いた葵の部屋のソファに彼を転がしながら、京介は深く溜め息をついた。口ではそう言ってみるものの、都古の気持ちは痛いほど分かる。もし都古が居なかったら、京介は自分こそがこうなっていたと思う。都古が居たから冷静でいられたのだ。 「……何があった?藤沢は?」 七瀬は待ちくたびれて眠ってしまったらしい。寝息を立てる七瀬の頭を膝の上に乗せた綾瀬が静かな声で話し掛けてきた。 「葵は兄貴が見てるらしい。けど、なんかもう全然わかんねぇ」 弱音など吐きたくはない。けれど、限界だった。いつでも真っ当な意見をくれる綾瀬なら、このやり場のない怒りの矛先を教えてくれるかもしれない。そんな淡い期待も抱いていた。 だが、京介が推測出来る限りの葵の身に起こったことを告げれば、綾瀬が珍しく声を震わせてこう言った。 「俺も烏山と同じ気持ち。藤沢を傷付けた奴が今目の前に出てきたら何をするか分からないよ」 物騒なことなど言う性格ではない。けれど綾瀬は京介の話を聞いて憤っていた。彼もまた、形は違えど葵を大切に想ってくれている。そして彼は京介に対して頭を下げてくる。 「ごめん西名。止めなければ良かった。本当に、ごめん」 何が言いたいかすぐには理解出来なかったが、少し考えて答えを導き出した。 葵を抱こうとする京介を、何度も宥めたことを指しているのだろう。誰かも分からない相手に、深く傷つけるようなやり方で奪われるぐらいなら、京介が抱いたほうが余程良かったと、そう思ったに違いない。 綾瀬のせいじゃない。それは間違いないのに、京介は彼に何も答えることが出来なかった。

ともだちにシェアしよう!