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act.6影踏スクランブル<162>

「待って、幸ちゃん。もしかして一ノ瀬先生が?」 「他に考えられへん。やりそうやろ、こういうの」 「でも、だって、先生だよ?ひどすぎる」 根っからの善人な奈央は、いくら葵に好意を寄せる危険人物だと元々認識していても教師が生徒を強姦しようとするなんて理解の範疇を超えてしまったようだ。幸樹のシャツを掴んできた手の震えは激しい。 でも幸樹も自分で立てた推測に動揺させられていた。 つい先日、聖に宣言したばかりだった。一ノ瀬のようなタイプは追い込み過ぎたら逆に危ないから。だからある程度の盗撮ぐらいは黙認しているのだと。それを聞いた聖を怒らせてしまったが、幸樹は自分の考えが正しいと思い込んでいた。一ノ瀬が葵に欲望を直接注ぐような、そんな大それたことが出来るわけがない、と。 「なぁ奈央ちゃん、また俺のことぶって」 「……は?こんな時にふざけないで」 「ふざけてない。なんか罰が欲しいねん。頼む」 幸樹は友人に向けて、少し背を屈めて頬を差し出す。 一ノ瀬は幸樹の知らぬところで愛情の歪をどんどんエスカレートさせていた。聖から葵が一ノ瀬に服を脱がされかけたと教えられた時、もっと真摯に受け取っていれば良かったのだ。もしかしたら、葵が温室に逃げ込んできた理由も一ノ瀬だったかもしれない。葵の話をきちんと聞いてやれば良かった。 絶対に防げたはずだ。自分さえしっかりしていたら。悔やんでも悔やみきれない。 幸樹が気を緩めていたせいで、キスだけでも顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた葵があんな穢らわしい人間に触れられた。それも、全身を拘束するなんて非情なやり口で。 「藤沢ちゃん、きっとむちゃくちゃ怖かったはずや」 「そうだね。怖かった、よね」 奈央は伸ばした手で幸樹の頬を打つことなどせず、そっと添えてくれる。 「なんで藤沢ちゃんのこと、傷つけることしか出来ひんのやろ」 歓迎会での出来事はまだ時折幸樹の胸を締め付けてくるというのに、また悲劇を引き起こしてしまった。自分は葵に近付くべきではないのかもしれない。そんなことまで考え始める。だがそんな後ろ向きな思考を正してきたのは奈央だった。 「……で、また逃げるの?幸ちゃん」 静寂の中で響く奈央の声音は少しピリついて聞こえる。

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