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act.6影踏スクランブル<163>
「やらなきゃいけないこと、山程あるよ」
「いや、分かってる。もう藤沢ちゃん寂しがらせるようなことはせえへん。約束したから」
葵自身のトラウマが抉られた前回と違い、今回は明確な加害者が居て、葵はその痛みの対処法を知らないはず。防ぎきれなかった罪悪感と共に湧き上がってくるのは、葵を支えてやりたいという気持ち。
葵がどのぐらいでまた笑顔を見せてくれるのかも分からない。けれど、葵が安心して戻ってこられる場所を作ることこそ、今の自分に出来ることだと思うのだ。
そのためならどんな汚れ仕事でも受け入れてやる。
「一ノ瀬のことはもう少し調べてみる。俺に任せて」
「そうやって一人で抱えないで。幸ちゃんはいつもそう。ちゃんと皆で話し合おう」
決意を示せば奈央はすぐに眉をひそめて叱ってきた。彼の言うことは正論だが、公に一ノ瀬を犯人だと断罪するリスクを幸樹は恐れていた。
「それじゃあかんねん。あいつ、もしかしたら撮ってるかもしれない」
「……撮ってるって?」
「藤沢ちゃんマニアやで?カメラも常備してる。そう考えるのが自然や」
幸樹が何を言いたいのか奈央も理解したらしい。彼の顔色がまた一段と悪くなった。
一ノ瀬は仮にも学園の教師だ。いくら権力を持つ生徒会でも、学園側を通さずクビを切ることは不可能だ。そこに至るまでの経緯を説明する必要がある。葵を陵辱する記録は彼を追及する証拠にも成り得るが、それは葵が傷付けられた光景を学園側に晒すことになる。
犯罪者として警察に届けるにしてもそれは同様。葵を更に深く傷つけてしまう。
それに、若葉が一ノ瀬の野望を阻止したことも気になる。相当に怒りと不満を募らせているのは容易に想像がついた。ヤケになった一ノ瀬が自ら葵の記録を復讐として公開したらそれこそ手に負えない事態だ。
生徒会として処分を申請するなんて生温い。それでは間に合わない。迅速に一ノ瀬を捕らえる必要がある。
「奈央ちゃん、プラネタリウムの件も何とかするから。藤沢ちゃんと三人で行こうな」
幸樹は走り出す前に奈央にそう言い残す。
まだ少し気の早い約束だ。葵の思い出の地だというプラネタリウムの現状と打開策は見出していたが、まだ実行には移せていない。動き始める前にこんなことが起きてしまったのだ。
奈央が答えを考えあぐねている間に、幸樹はその場を後にした。背中から自分を呼ぶ声が聞こえるが今足を止めることは出来ない。
この手で始末する。
幸樹の頭にはただそれだけが今の自分の使命として浮かんでいた。
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