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act.6影踏スクランブル<164>

* * * * * * 「冬耶くん、少し眠ったら?」 ベッドからうっすらと携帯のディスプレイの明かりが見えて、デスクで仕事を片付けていた宮岡は思わず声を掛けた。葵がここに来てから、もう三時間が経過している。まだ夜が明けるまでには時間があるし、疲労困憊している冬耶にも体を休ませたかった。 だが、彼は思いの外しっかりとした面持ちでこちらを見つめ返してくる。 「……先生。犯人が分かりました」 「犯人?九夜くんって子じゃなかった?」 「あれはあれであーちゃんを拐おうとはしていましたが、最初に暴行したのは恐らく教員です」 冬耶があれからどんな情報を手に入れたかは分からなかったが、彼の声音には確信めいたものがあった。”恐らく”と言いつつもほぼ間違いはないのだろう。にしてもまさか教員が生徒にこんな暴挙を働くとは、同じ大人として到底許せることではない。 だが憤りを感じる宮岡よりも更に強い怒りを、冬耶はその目に滲ませていた。葵に枕として自らの腕を差し出し優しく抱き締めながらも、そこにあるのは兄の顔ではない。 「一応卒業する時に釘を刺してきたつもりだったんですが。甘かったみたいです。今度は社会から完全に抹殺してやる」 寝息を立てる葵の額に口付ける柔らかな仕草とは裏腹に、冬耶は物騒なことを言い始めた。 「気持ちは分かるけど、犯人がわかったならあとはもう大人に処理を任せなさい。私はそういう伝もあるから、頼ってほしい」 「いえ、結構です。先生にはあーちゃんのケアだけ、サポートして頂ければ」 丁寧な口調ではあるが、そこにははっきりとした拒絶が込められていた。比較的冷静に見えていたのだが、どうやら彼も随分と興奮しているらしい。 「あのね、冬耶くん……」 彼が何をするつもりなのかは分からないが、黙って見過ごすわけにはいかない。椅子から立ち上がりベッドへと近付こうとしたが、冬耶がこちらに手を伸ばして動きを封じてきた。 「あーちゃん?ごめん、起こしちゃった?」 どうやら今度は宮岡を拒みたかったのではなく、身じろぎをした葵を気遣っての行動だったようだ。さっきまでの殺気を仕舞い込み、すっかり良い兄として葵に声を掛ける冬耶の変わり身の速さに驚かされる。 改めて静かにベッドへと近付くと、葵は冬耶の腕に頭を擦り付けるようにイヤイヤと繰り返し、苦しげに眉をひそめていた。悪い夢にうなされているのかもしれない。 宮岡は葵が目覚めた時のために一度キッチンへと向かって、冷やしていたスポーツドリンクのボトルを取り出した。もしかしたら何か食べさせられるかもしれない。ついでにとりんごを剥いてやろうとした時だった。

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