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act.6影踏スクランブル<165>

「あぁぁぁッ」 「あーちゃん!?大丈夫、大丈夫だよ」 急に葵の叫び声とそれを宥める冬耶の声が聞こえ、宮岡は慌ててベッドへと戻った。 ベッドの上では、体を起こした葵が体を震わせて泣きじゃくっている。自分を抱いているのが冬耶だとも認識出来ないのか、必死に腕から逃げようとする仕草が憐れでならない。 「葵くん、落ち着いて。ここは安全ですよ」 ベッドから転げ落ちそうなほど暴れる葵を宮岡も支える手助けをしてやれば、少しずつ、虚ろだった葵の瞳がしっかりとし始めた。意識を紛らわせるために冷たいボトルを首筋に当ててやったのも良かったかもしれない。 「あーちゃん、大丈夫。ここに居るからね」 さっきとは打って変わって、葵は冬耶に必死にしがみつき始めた。スンと鼻をすすってギュッと腕を回す様子はまるで小さな子供のように頼りない。冬耶もそれを受け止めて、しっかりと葵を腕の中に包んで守ってやる。 だが、葵が漏らした呟きが冬耶の表情を一変させた。 「パパ、パパ」 “子供のよう”ではなく、今の葵はすっかり幼くなってしまっているのだろう。陵辱の記憶だけでなく、馨の気まぐれな接触が葵を混乱させているのは明らかだった。 穂高から聞いた話では、葵は学園を訪れた馨の姿を見つけてしまったらしく、駐車場まで後を追いかけてきたのだという。顔を合わせたり、言葉を交わしたわけではないが、車に向かって走ってきた葵を馨は弄んで、そして最後に突き放したのだと聞いた。葵を深く傷付けてしまったと落ち込む友人は、今回の件にも強く責任を感じているようだった。穂高の様子も心配だ。 だが今は目の前の子供達をどうにかしてやるのが先決。 「葵くん、私が誰だか分かりますか?よく見て、そう、ゆっくりで構いません」 冬耶の肩に顔を押し付けて泣く葵を怖がらせないよう、穏やかな口調で話しかけ、意識を少しずつこちらへと向けさせる。濡れた目元を拭い、正解を探すように宮岡の髪や目、唇まで視線を彷徨わせる姿は不謹慎ながら愛らしい。 「みや、おか……せんせ?」 「そう当たりです。じゃ葵くんのこと抱っこしてるのは?誰かな?」 「ん……お兄ちゃん」 「そうですね、偉いですよ」 自力で呼吸を落ち着けさせ、状況を把握し始めた葵を褒めるように頭を撫でれば嬉しそうに目が薄められた。同時に冬耶の表情も緩んでいく。彼にとって憎い存在でしかないはずの馨と間違えられたままでは、居た堪れなかったのだろう。 「喉乾きませんか?少し飲んでみます?」 ストローを差したボトルを目の前に出せば、葵の白い喉がゴクリと動いたのが見えた。葵が行方不明になってからもう何時間も経過している。その間、食事はおろかまともに水分も摂れていなかったはず。当たり前の反応だった。 腕に力が入らない様子の葵の代わりに宮岡がボトルを支え、葵の口元にストローを咥えさせてやった。余程飢えていたのか、葵はきちんとドリンクを飲み干していく。

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