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act.6影踏スクランブル<168>

* * * * * * 長い夢を見ていた。とてもとても嫌な夢だった。 “パパは綺麗なお人形しかいらないよ” 冷たい目で突き放され、捨てられてしまう夢。 泣く姿は綺麗だと言われたけれど、泣きすぎたら目元が腫れてしまうから醜いのだという。その加減が分からず、葵はよく自分の腕を噛んで涙をこらえていた。でもその噛み跡もまた、醜いらしい。 どうしたら綺麗なお人形になれるのだろう。 「……ッ」 そこまで考えて葵は本格的に眠りから覚めることが出来た。深く息を吸い込んで意識を覚醒させるが、頭の中がぐちゃぐちゃにかき回されているような感覚がする。こんな寝起きは初めてだった。 数度瞬きを繰り返せば、そこが家でも寮でもないことに気がつく。ベージュとダークブラウンの調度品で統一された落ち着いた室内。その部屋の主は誰か。朧げな記憶の中に答えはある気がした。 「あーちゃん?起きた?」 体を起こそうと身を捩ると、頭上から兄の声が聞こえた。どうやら葵は冬耶の腕の中に居たらしい。なぜ冬耶と眠っていたのか。それも分かりそうで分からない。ズキズキと痛む頭を彼の胸に凭れかけ、葵は必死で今の状況を整理することに専念した。 覚えている限りの鮮明な記憶は生徒会室で、うたた寝をしてしまったこと。それを見咎められ、眠気覚ましのために資料室へと向かい、そこで馨の姿を見つけた。そこまではよく覚えている。 だが今、ベッドサイドの窓に掛かったカーテンの隙間からは眩しいほどの朝日が差し込んでいる。あれから随分時間が経っているようだ。その間に何があったのか。思い出さなくてはいけない。 ヒントになるのは自分の腕。何故か両手首にぐるぐると包帯が巻かれている。怪我をした覚えなどない。また無意識に噛んでしまったのだろうか。もうしないと心に決めたのに。葵は不思議に思って包帯の端を掴んで解いていく。 そうして現れたのはやはり覚えのない傷だった。葵の手首をぐるりと一周するような赤い擦り傷。そこに触れた瞬間、断片的な記憶が蘇ってきた。 “やっぱり、葵くんはこういう格好が似合うね” 耳にぞわりと響く声。自分が何をされたのか。一気に溢れ出て来て、全身に震えが走った。 「おに、ちゃん……吐きそう」 「おいで、大丈夫だからね」 口元を押さえながら訴えれば、冬耶はすぐに葵の体を抱えてベッドから引き上げてくれる。そこでようやく室内にいたもう一人の人物の姿が視界に入った。こちらを気遣わしげに見つめるのは宮岡。そういえば、宮岡と言葉を交わした気がする。ここは彼の部屋だったのか。

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