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act.6影踏スクランブル<173>

* * * * * * 三限の授業が半分終わった頃にようやく戻って来た聖は、ただでさえ寝不足の顔がさらに青くなっているように見えた。 「……マジで腹痛?」 「違うって」 前の席に座った聖にこっそりと話しかけるが、鬱陶しそうにあしらわれてしまった。心配してやったのに随分な態度だ。 聖がこういう態度をとる時にはいくつかのパターンがある。本当に体調が悪いか。爽に隠し事をしているか。何か不安ごとがあるか。いずれにしても、爽としては放っておけない。 彼が悩んでいるとすると、大方葵のことだろうと予想はつくが、それは朝から状況は変わらないはず。何があったのか気になるものの、ここで聞き出すわけにもいかない。 チャイムが鳴ったら聖を捕まえよう。そう決めて構えていたというのに、それを阻んだのはこの授業を担当した教員だった。遅刻のお咎めは授業中には行わなかったが、厳しいことで有名な彼が見逃すわけがない。問答無用で聖を職員室へと連行してしまう。 聖は爽に対してひらひらと手を振って教室を出て行くが、その態度も教員の神経を逆撫でたらしい。教員の眉根がきつく歪められたのを見つけて、爽は相変わらず余計な一言や態度が多い兄に呆れを隠しきれなかった。 「あいつ、結構ねちっこいけど大丈夫かな」 同じく、そんな聖の姿消えるのを見届けていたのだろう。心底心配そうに爽に話しかけてきたのは、小太郎だった。 葵の仲介で今度行われるイベントで同室に決まってからというもの、彼はことあるごとに声を掛けてくるようになった。 「俺もさ、前に授業中居眠りしたら山ほど課題出されたことあるんだよ。ちょっとぐらい見逃してほしいよなぁ」 中途半端に結んだネクタイを弄りながら、小太郎は親しげに笑顔を見せてくる。聖と一緒に居る時なら彼のこうした人懐っこさもかわせるものの、爽一人ではどう対応していいか皆目見当もつかない。 「聖の様子見に行ってくる」 「おーいってらっしゃい」 結局こうして小太郎に向き合わず、逃げてしまう。幸いなのは、小太郎がこうした爽の態度に気を害さず、にこやかに送り出してくれるところ。それがまた、どう接して良いか困らせる要因でもあるのだが。 教室を出た爽が向かう先は、宣言した通り聖の元、ではなく、他の棟と繋がる渡り廊下だった。今の季節、気持ちのいい風が吹き抜けて、ただそこで休むだけでも随分な気晴らしになる。 授業と授業の間の休憩時間とあって、人通りは多いものの、爽のようにただ立ち止まって景色を眺める者など他にいない。だから妙に居心地がいいのだ。

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