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act.6影踏スクランブル<175>

「男に抱かれてたのはガチだよ。未里の知り合いがあいつの家に弟子入りしてたって言ったじゃん」 「んで、親父に抱かれてたの見たんだろ?何度も聞いたけどさぁ。からかわれたんじゃねぇの、それ」 「ちがうってば。本当だもん」 未里は疑われたことに気分を害したのか、相手の傷口を軽く突いてみせた。痛そうなうめき声が聞こえるものの、それすらじゃれているようにしか見えない。 彼らが口にした噂は、学園に入ったばかりの爽も何度か耳にしたことがあった。それが事実かどうか、は爽にとって重要な問題ではない。爽の知る都古は、無愛想で寝てばかりいるが、葵を一途に想い続けている先輩だ。周りの生徒のように、噂に惑わされて彼を蔑んだり、距離を置いたりするつもりはない。 ただ感じるのは、学園に蔓延する噂の発信源が目の前にいる未里である可能性が高い、ということに対する嫌悪。 「そんなにヤリたいの?未里が相手してあげてるのに」 「あのクソ生意気な面がヒィヒィ鳴いてるとこが見たいんだよ」 「悪趣味」 「未里に言われたくねぇわ」 二人の関係は恋人、ではないらしい。いわゆるセフレ、の関係なのだろう。都古に打ちのめされても尚、執着を見せる姿は滑稽でしかない。 都古の謹慎が明けるのはもう少し先だが、警戒するように伝えたほうがいいのだろうか。いや、伝えたところで都古が素直に聞くとも思えない。 「おクスリ使えば?」 「だから、それ使う前に蹴られるっての」 「嗅がせるぐらい出来るでしょ。ほらこれ、未里が使ってるやつ。効き目はよく知ってるよね?」 爽が身を潜めながら悩んでいるうちに彼らの話は更に下衆な方向へと向かっていく。爽の位置からははっきりと見えないが、未里がブレザーの内ポケットから出して見せたのは、茶色い小瓶のようなもの。話の流れでは、そうした行為をスムーズに進ませるための薬物なのだろう。 いくらなんでもここまでの計画を聞いて黙っているわけにはいかない。思わず拳に力を込めて茂みから体を出そうとしたが、意外にも未里の提案を断る声が聞こえてそうは動きを止めた。 「面倒事はしばらくいい。家からの仕送りも止められそうだし、お前で我慢するわ」 見てくれはどう見てもただの不良だが、彼もまた、それなりの家の出なのだろう。心から反省しているようには全く見えないが、言葉通り一定期間おとなしくするつもりなのは偽りのない言葉に聞こえた。

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